相聞歌






(1)


 バチンと、佐衛士(さえし)の左頬が鳴った。痛みと同時に、
「仕事、仕事って、じゃあ、この前、一緒に歩いてたヤツ、誰だよ」
の声が浴びせかけられる。そこから延々と拓真の恨み節が続いた。
 拓真が佐衛士の自宅を訪ねて来たのには驚いたが、こんなみっともないところを友人や遊び仲間達に見られることを思えば、ここでの方がまだマシだった。住人達の平均年齢が高い閑静な住宅地は、夏の昼間ともなると土曜日でも人気は少ない。佐衛士は父親の転勤を機に、高校生の頃から実家を離れて祖母と祖母の兄、つまり大伯父と暮らしているが、祖母は書道展に出かけていたし、家の一番奥にある大伯父の部屋まで、この玄関のやり取りは聞こえていないはずだ。
――そろそろ潮時かも知れないな
 他人事のように拓真の言葉を聞き流しながら、佐衛士は思った。
 特定の相手と一年近くも続くのは珍しかった。ゲイ同士の出会いは男女と違って簡単ではないから大事だと言う仲間もいるが、数少ない出会いだからこそ、妥協したくないと言う気持ちが佐衛士にはある。それ系の店で、一夜限りのつもりで声をかけた尾川拓真のような相手とは、特に長く付き合う気はなかった。
 それは拓真も同様だったはずだ。最初に声をかけた時、すでに付き合っている相手がいることは聞いていた。その恋人と大喧嘩をした後だとかで、店には憂さ晴らしに来ていたのだ。恋人がいても他の男と遊べる性質(たち)。後腐れがなくて良いが、深く付き合うタイプではないことはすぐにわかった。
 ところが暇な時に連絡を取り合って会ううちに、拓真は恋人と別れてしまった。そしていつの間にやらその位置に、佐衛士が収まっていたのだ――佐衛士自身は全く意識していなかったことだが。
「あれは従弟だ。ゴールデンウィークだから遊びに来たんだ」
 そんなありきたりな嘘が当然通るはずはない。夜の十一時に腕を組んで、ホテル街を歩いていたところを見られたのだとしたら、かなり苦しい嘘である。案の定、拓真はそう言ったところを突いて、機関銃のように言葉を繰り出した。
 佐衛士から見れば、拓真も人のことは責められない。行きつけの店で彼の行状は聞こえてくる。だからこそ、後腐れのない関係を保てる相手だと思ってダラダラと付き合いを続けていたのだが、佐衛士が他の男と親しげなのを目の当たりにすると、自分のことは棚に上げてこうなるのであれば、今後のつきあいを考えた方が良いだろう。
「何とか言ったらどうなんだよ」
 まるでテレビ・ドラマに出てくる「恋人に浮気されて怒りまくるステレオ・タイプの女」だな…と佐衛士は思った。
「別に悪いことしたと思ってないしな」
「なんだよ、それ?」
「俺が誰と付き合おうと、おまえに関係あるのか?」
「別れるって言うのか?!」
「そもそも俺達、付き合ってたっけ?」
 最初の一発は不意打ちだったが、次の一発は予測出来た。左頬に向ってくる拓真の手を佐衛士は掴んだ。バランスを崩して彼が前につんのめるので、仕方なく支えてやる。
「二発殴らせるほど、俺、寛大じゃないんだ」
 佐衛士の言葉に拓真は唇を引き結んだ。左足の向う脛に、先ほど頬に受けたのとは比べものにならない衝撃と痛みを佐衛士は感じた。拓真の蹴りが入ったのだ。堪らず掴んでいた彼の手を離す。
「最低! もう連絡してくんな!」
 拓真はそう言うと、怒りに満ち溢れた背中を見せながら、帰って行った。
 佐衛士はため息をつきつつ、拓真が出て行った後の玄関の引き戸を閉める。
後腐れてしまったが、これで良かったと思った。この春から社会人になり、まだまだ出会うチャンスがあると考えられるのに、一人の人間に縛られたくない。もともと拓真との関係は行きずりのつもりだったし、佐衛士には付き合っている自覚もなかった。さっさとケリをつけるべきだったのだ。
 自室に戻ろうと玄関からすぐの居間の前を通った時、人影を視界の隅に捉えた。
「じいちゃん、いたの?」
 じいちゃん=大伯父が、縁側で松の盆栽を弄っていた。居間の縁側は東と南に面していて、大伯父はよくそこで盆栽の手入れをする。それを佐衛士はすっかり忘れていた。
 玄関に近く、入り口の引き戸は普段、開け放しの居間なので、先ほどの拓真との話が聞こえていたのは確かだ。
「いつから?」
「十分ほど前かな」
 十分ほど前と言えば、話が佳境に入った頃で、会話のボリュームが上がっていた。痴話喧嘩であることは知られているに違いなかった。
「聞こえたよね?」
「まあなあ、大声だったからなぁ」
 松の枝振りを直していた手を止め、大伯父が佐衛士を見た。佐衛士は一挙に脱力し、無意識に彼の傍に腰を下ろした。
 身内に、それも同性同士の恋愛沙汰など理解出来ないであろう年寄りに知られたことの、バツの悪さと言ったらなかった。知られたのが少しばかり天然の入った祖母ならともかく、大伯父だったことが佐衛士を尚更な気分にさせる。
 八十一才でありながら大伯父は頭の衰えを微塵も感じさせなかった。毎朝、新聞の隅々まで目を通し、政治、経済、国際情勢などは佐衛士よりも詳しかった。時々は英字新聞も読んでいるようだった。
 才走った大正生まれにはゲイと言う性癖は知識としてあったとしても、容認までしているのかどうなのか。
「追いかけんでも良かったのか?」
「いいんだ」
「恋人じゃろう?」
「そんなんじゃないと、俺は思ってたんだけどね」
 大伯父とのあまりにも自然なやり取りに、気まずい雰囲気を予想した佐衛士は面食らう。盆栽に鋏を入れる大伯父の横顔には、何の変化も見えなかった。
 佐衛士は西村家の長男で、下には妹しかいない。ごく普通のサラリーマン家庭ではあるものの、家の名前を継ぐのは佐衛士だけなのである。大伯父の生まれ育った時代では、長男は家庭を持って当たり前、子供を作って家名を存続させることが、義務のようになっていた。その価値観からすれば、何も成さない同性同士の恋愛は理解するよりも、それ以前の問題だろうに。
――そう言えば、じいちゃんは独身だ
 実は西村家は大伯父がいるにもかかわらず、祖母の血筋が継ぐ形になっている。次男だった佐衛士の父親が名前を継いだのだ。それは大伯父が独身を通しているからだった。
「なんだ? わしの顔に、何かついておるのか?」
 再び手を止めて、大伯父は佐衛士を見た。
「リアクションが、思ってたのと違うからさ。俺が男と付き合ってたりするの、引かないの?」
「別に、軍隊じゃあ、珍しくもなかったからな」
「え?」
「好いた好かんの感情は知らんが、男ばかりの世界じゃ、いろいろとガス抜きが必要だったってことさね」
 大伯父が笑った。一緒に暮らし始めて今まで、笑った顔を見たことがないわけではないが、それはたまたま顔を合わせた祖母の和裁の生徒や友人へのお愛想程度の微笑みで、直接佐衛士に向けられたことはなかった。食事や盆栽をいじる時以外、自室から出てこない大伯父と佐衛士に普段接点はなく、笑顔どころか、こうして一対一で話すことが、もしかしたら初めてかも知れない。佐衛士が彼のことを少し苦手に思っていることも、接点の少ない原因だった。
 海軍出身の大伯父はどこか厳しさをまとっていた。佐衛士は親の転勤で東京を離れなければならなくなった時、「田舎は嫌だ」とかなりごねて、最終的に祖母に泣きついて残った。父親の言うことは絶対であるのに、それに逆らう子供…と大伯父に思われているのではないか――大伯父が無口で何も言わないことも手伝って、佐衛士の苦手意識を助長したのだった。
 それがこうして普通に話しが出来ている。同居し始めて七年目でやっとである。佐衛士の性癖がきっかけになっていることは複雑だったが。
「大っぴらだったってこと?」
「さっきのお前達のようなことはなかったがな。可愛い新兵が配属されてきたら、誰の従卒にするかって取り合って大変だったなぁ」
「へえ、じゃあ、じいちゃんも誰かとガス抜きしたんだ?」
――ちょっと踏み込み過ぎたか
 言った後で「しまった」と思ったが、大伯父は気にする風でもなく、鋏を動かす。
「わし? 任官したての頃はこき使われるし、すぐに戦況は悪化し始めたもんじゃから、毎日緊張して、そんなこと考える暇ぁなかった。生き残ることばかり考えとったよ」
「『可愛い従卒』は? じいちゃん、大尉だったんだろ?」
「正式につくんは少佐からで、昇進目前で終戦じゃ」
 同階級かその下の尉官・下士官には私設、つまり勝手に従卒を持つ者もいたが、そこまで欲しいと思わなかったと大伯父は笑った。士官の日常的な身の回りのことは誰彼なく目下の人間がすることになっていたし、たいていのことは自分で事足りたからと付け加える。性欲処理も自分で事足りていたと含んでいるのだろうか。
 大伯父の言葉の中に隠微な部分は感じられなかった。今でこそ同性愛に対しての認識と理解が広がって、カミングアウトする著名人も出てきているが、少し前までは隠され、表には出づらかった恋愛形態だった。それが六十年前の軍隊と言う公的機関の中で受け入れられ、珍しくもないこととして語られるのだから、昔の方がよほど開放的だったのかも知れない。
「進んでたんだな、昔の日本って? アメリカの軍隊じゃ、今でも同性愛って言うと差別されるらしいよ」
「ああ言う特別な環境の中だけじゃよ。男ばかりで隔離されているから仕方なくな。それを外までは引きずらん。娑婆に戻れば、女房が待っていたり、所帯を持ったりして、普通の生活に戻っていくんじゃ。一過性のもんじゃから、暗黙の了解とされる。だから恋愛だなんて、とんでもない。男色はいつの時代だって、日陰なもんじゃったさ」
 大伯父は目を眇めて松の枝振りを見る。日頃マメに手入れをしている盆栽の、どこにいじる部分があるのか佐衛士には不思議でならないが、彼には気になる部分があるらしく、また鋏を入れた。
「今の時代の方がよほど自由じゃと思うぞ。 どんな恋愛も、本人の意志次第だ。嫁をもらわんからって世間から白い目で見られることもなけりゃ、長男だから言うて必ずしも家を継ぐ必要はない。うらやましいことじゃな」
「じいちゃんだって結局、嫁さん、もらわなかったし、家を継がなかったでしょ?」
「文句を言うもんは、あの戦争でみんないなくなってしまったからな。おまえのばあちゃんだけじゃ、うるさかったのは」
 大伯父はからからと笑った。後半部分に関して、佐衛士も思い当たる節がある。幼い頃から、「おまえは西村家の跡取りだからね」とことあるごとに祖母は口にした。祖母は家の名に並々ならぬ愛着があるようだった。それは多分、大伯父が言った「あの戦争でみんないなくなってしまった」に由来するのだろう。今日の拓真との一件を見られたのが祖母でなくて良かったと、佐衛士はつくづく思った。同時に、
――じいちゃんはよく独身を通せたな。何か理由があったのかな?
とも。
「じいちゃんは何で結婚しなかったんだ? 好きな人、いなかったの?」
 葉の先を揃える程度の微かな鋏の音がパチンと響き、大きめの松の葉が落ちた。その部分が少し不恰好になったことは、盆栽に疎い佐衛士にもわかる。
「ああ、失敗。年寄りに変なこと聞くから、驚いてしもたわい」
 大伯父は誤って落とした葉を、残念そうに拾い上げた。
 佐衛士の質問に、大伯父は答えなかった。わざとではなく、祖母が帰って来たからである。祖母はお土産だと言って和菓子店の袋を座卓に置き、書道展の感想を一言二言述べた後、着替えをするために居間を出て行った。わずか五分ほどのことだったが、佐衛士と大伯父の二人だけだった先ほどまでとは、すっかり空気が入れ替わってしまい、話の続きをする雰囲気ではない。佐衛士は同じ質問を繰り返すタイミングを逸し、結局、大伯父の答えは聞けず仕舞いに終った――そして永遠に、聞くことは出来なかった。
 大伯父は、酷暑と呼ばれたその夏の暑さで体調を崩して寝つき、本格的な秋の訪れを待たずしてこの世を去った。






(2)


 大伯父の百日法要が済み、そろそろ遺品を整理しようかと言う話になった。
 秋も深まり、間近に冬、動いて汗をかかない季節になったのと、来春、東京の大学に進学を希望している佐衛士の末の妹が、祖母の家から通いたいと言い出したからだった。本試験はまだこれからで受かるとも受からないともわからない状態だが、本人がそれを励みに追い込みをかけると言うので、両親の許可が下りた。
 大伯父が亡くなって、祖母が意気消沈しているのも佐衛士は気になっていた。賑やかな孫娘が来れば気も紛れて、いつもの陽気な祖母に戻るのではないかとの考えもあり、とりあえず部屋を用意することにした。
 遺品の整理を始めると、まず本が多いことに驚かされた。佐衛士は大伯父の生前、数えるほどしか彼の部屋に入ったことがない。それも病床についてからの様子見程度で、本棚の多い部屋だと思うくらいの印象しか残っていなかった。まさか押入れの下段にまで詰め込まれていようとは。大伯父はあまりテレビを見ない人だったので、一日のほとんどを読書ですごしていたのかも知れない。
 大半を古本屋に引き取ってもらうことにしたが、本の整理だけで半日以上を費やしてしまい、他のものに手を付けられたのは、日が暮れ始めた頃だった。
「あらあら、懐かしいわねぇ。お勤めしていた頃の写真だわ。まあ、お給料の明細も。シン兄さんはきしゃっ(きちん)とした人だったから」
 一緒に整理をしていた祖母は何かが出てくる度に手を止め、涙ぐみながら懐かしさに浸るので、なかなか進まない。佐衛士には興味のないものでも、祖母にとっては一つ一つが思い出なのだ。
――こりゃ来週の休みも遺品整理だな
 佐衛士はババ孝行だと思い、彼女の思い出話に時折は手を止めて耳を傾けた。
 押入れの戸袋から古びた箱が出てきた。開けると海軍時代のものだった。階級章やシガレット・ケース、万年筆などの細々したもの、艦橋前で撮られた集合写真などが入っている。
「これが大伯父さんよ」
 セピア色の集合写真には艦橋をバックにして、前方に整列した士官達、後方の高い艦橋の中ほどや主砲周辺にはその他の乗員がひしめき合って写っていた。全乗員を漏れなく写しこむために人間は豆粒のような大きさで、士官などは揃いの軍服・軍帽でまっすぐに前を見ているものだから、佐衛士にはどの顔も同じに見えたが、祖母は迷わず整列した中の大伯父を指差した。彼女の指先には佐衛士の知らない若い仕官が写っていた。
 目深に被った帽子ではっきりしないが、それでも通った鼻筋、真一文字に引き結ばれた意志の強そうな口元から精悍さが滲みでており、整った容貌であることがわかった。
 佐衛士の記憶に登場した時には、大伯父はすでに老いていた。しかし背が高くて姿勢も良く、白銀となった頭髪を軽く後ろに撫でつけた姿は、往年の男ぶりを想像させるに充分だった。祖母が開く和装・着付け教室の生徒達は大伯父を見かけると、大喜びで喧しかった。
「兄さんは昔からみんなの憧れだったわねえ」
――ああ、また始まったか
 祖母の兄自慢は話し始めると止まらない。今では大伯父の経歴を、佐衛士はすっかり覚えてしまっていた。
 大伯父・西村進一郎は才気煥発で知られた子供で、読書好きでありながら、遊びも大好き。腕白で悪戯も先頭を切って行い、よく大人達を困らせる近所のガキ大将だった。
 尋常小学校終了時、本人は密かに中学進学を希望していたが、家が大工で相応以上の学力は必要ないと考えられた上に、経済的にも中学に通わせる余裕はなく――中学校の授業料は高額で、一般庶民には高嶺の花だった――、高等小学校に進んだ後は父親の跡を継ぐことになっていた。
 しかし、進一郎の悪戯に一番悩まされていたはずの寺の住職がその才を惜しみ、懇意にしていた中学の校長に相談を持ちかけたところ、入学試験時と在学時の成績が三席まで、且つ、卒業後は江田島の海軍兵学校を受験することを条件に特待制度を設けた。当時、海軍兵学校と言えばエリート中のエリートを養成する日本最難関校。そこへの入学者を出すことは、全国どこの中学でも名誉なことであり、有名どころの中学では、その進学率を上げることに躍起になっていたほどだった。
 進一郎は次席で合格した――ちなみに僅差で主席合格したのは同じ町内に住む小谷英治で、進一郎とは幼馴染で親友の仲であった。提灯舗の息子だった彼もまた、薦められて特待枠を受験した秀才だったらしい。
「海軍兵学校も受かったんよ。盆と正月がいっぺんに来たみたいだった」
「そんなにすごいことなの?」
 時々はこうして祖母の話に佐衛士は絡んでやった。一方通行で話をさせるのは、やはり気が引けるのである。
「そうよ、身長や体重に規定があるなぁあたりまえ、視力とか聴力とか、そう言うたもんにも規定があって、それを通って初めて学力試験を受けられるん。学力試験もすごく難しくてねぇ、敵性語の英語もある程度は喋れんとダメだったみたい。お金持ちの坊ちゃん達は今で言う予備校や塾みたいなのに通っとったけど、うちにはそんな余裕はないし、試験が近づくと寝る間を惜しんで勉強しよったわねぇ」
 祖母は懐かしげな目をした。その頃の大伯父のことを思い出しているのだろう。言葉の端々に方言も混ざる。
「休みの日に帰ってくると、そりゃもう町内は大騒ぎで。制服がよう似合うて、おばあちゃん、鼻が高かったわ」
「女の子が押しかけて大変だったろ?」
「そうねぇ、今の時代と違ってそうゆぅことには厳しかったから、うちにまでは来なかったわ。そんでも町を歩くとみんなが振り返って。おばあちゃんのお友達なんか『今度はいつ帰ってくるん?』ってうるそうてね」
 それだけもてたのなら、相手などよりどりみどりだったろうに、どうして大伯父は結婚しなかったのだろうかと佐衛士は思った。本人には聞こうとして聞けなかったことだ。それで祖母に尋ねた。
「じいちゃんはなんで結婚しなかったんだ? 海軍士官でイケメンだったんなら、縁談だって良いの来ただろ?」
 祖母は「そうねえ」と首をかしげた。
「はっきりと聞いたことはないんじゃけど、好きな人はいたみたい」
 終戦前年の十二月に、進一郎は五日間の休暇で勤務先から帰省した。その時に、同じ町内から兵学校出身の海軍士官が出たと言うことで、色々なことに尽力してくれた市議会議員から、縁談が持ち込まれた。
 相手は師範学校出で議員の縁に繋がり、家柄も容姿も申し分ない女性だった。大工の跡を継いでいたら願っても叶わない縁談だと両親は大喜びだったし、世話になった市議の遠縁ともなれば断る理由がない。むしろ、断れないはずだった。
「だけど兄さんはお断りしてくれって。その頃はもう戦況は悪化するばかりで、私らは上が発表することしか知らんから、どれだけひどい状態かわからんかったんだけど、最前線におった兄さんは日本が負け戦しとることを知っとったのね。明日をも知れぬ命じゃけぇって。そんなこと、あの時代じゃ当たり前だったのに」
 年頃の男は出征が決まって慌しく結婚し、その後間もなくに戦地へ向かって、戻って来られない例も珍しくない時代だった。誰もが明日をも知れない状況だったし、軍人のところに嫁に来ようとするのだから覚悟の上だろうと、両親は進一郎を説得したと祖母は続けた。
「そうしたら兄さん、『俺には好いとるんがおるけん』って言ったのよ」


『俺には好いとるんがおるけん。そがなあ(そいつ)しか考えられん。戦争が終わって無事戻って来られたら、言うつもりじゃ』


 きっぱり断りを入れてくれ、もしくは自分にこの縁談を話す暇がなかったと言えばいい…と言い置いて進一郎は任地に帰って行ったのだが、両親ははっきり先方に断れず、彼が次の休暇で戻った時にでも仕切りなおして説得しようとしたらしい。
「結局、兄さんが休暇で帰ってきたのはそれが最後で、おばあちゃんの結婚式にも顔を出さんかった」
「好きな人って、ばあちゃんの知ってる人だったのか?」
「さあねぇ、おばあちゃんのお父さん達が、どんなに問い詰めても言わんかったし、お父さんったら、小谷さんとこの英治さんにまで聞きに行ったんよ。英治さんは兄さんの一番の親友で、身体を壊して戦争に行かんかったから近所に住んどったの。あの休暇の時にも逢ぅとったようだし。英治さんには話しとるんじゃないかってねぇ。でもわからんかったみたい。英治さんの口が堅かったんかも知れんけど」
「戦争が終わったら告白するって言ってたんだろ?」
 佐衛士のこの質問に、祖母は少し表情を曇らせる。
「きっとその人も『あの日』に亡くなったんでしょう」
 祖母の言う『あの日』が、昭和二十年八月六日のことであることは佐衛士にもわかった。あの八月六日に大伯父と祖母は、両親・きょうだいと親類縁者のほとんどを失った。七人家族の西村家で残ったのは、横須賀で沿岸防御の任に就いていた大伯父と、その年の春に隣の岡山県に嫁いだ祖母の二人だけだった。
「じいちゃんは、ずっとその人のこと好きだったのかな」
「どうかしらねぇ。すごく好いとったことは確かだと思うけど。毎年、あの日には必ず墓参りに行っとったようだから」
 昭和三十年に仕事の関係で、祖父母一家が岡山から東京に引っ越した際、西村家の墓も移したため、墓参で帰省する必要もなかったのだが、大伯父は亡くなる前年まで欠かさず八月六日に帰っていた。遺族として式典に出席している様子はなく、朝出来るだけ早い飛行機に乗って、夕方には自室に戻っていた。居間の座卓の上に紅葉饅頭が乗っていることで、佐衛士は大伯父がその日、遠出したことを知るのだった。
 大伯父は戦後、東京の商社に勤め、働き盛りで妹の夫、佐衛士の祖父が病没すると一家の生活は彼が援助した。三人の子供達は娘を含め皆、大学まで進学させ、祖母が和裁や着付けを教えて生活の糧にしたいと言えば、自分の家、つまりこの家を改築して使わせた。子供達が独立した後、祖母は大伯父の面倒を見ると言うことでここに越してきたのだった。
「結婚して西村の名を残してくれって頼んだら、『おまえの子に継がせてくれ、財産はその子に残すから』って言ってねぇ。上司や取引先の人がずい分な年になるまで縁談を持って来てくれたけど、とうとう独り身を通したわねぇ」
 大伯父は昭和二十年の七月に横須賀港沖から米軍の攻撃を受け、瀕死の重傷を負う。戦況の不利を国民に公表しなかった時勢と、士官の詳しい任地は機密とされていたことから、家族は大伯父が大怪我で入院していたことを知らずにいた。
 自分はあの時に死んでいてもおかしくなかった。家名を遺すべき人間はいなかったかも知れない――大伯父はそう言って、自分の子に家を継がせることに拘らなかったと祖母は言った。
「あらあら、もうこんな時間。おばあちゃん、お夕飯の支度をしてくるわね。佐衛ちゃんもご苦労さま。今日はこれくらいにしたら? どうせ一日じゃ終らんわよ。ご飯の前にお風呂に入っちゃいなさい」
「この戸袋の中の物だけ出しとくよ」
 祖母の思い出話にいつも以上に付き合ったため、片付けの手が止まってしまっていた。気がつくとすっかり陽が傾き、南と西向きの部屋は薄暗くなっている。
 電気をつけると、足の踏み場もないくらいだ。海軍時代の物が入った箱が出てきたおかげで、祖母は片付けと言うより逆に拡げてしまったのだった。多分これらの品々は処分されることなく、大事に仕舞われることになるから無碍には扱えない。片付ける手間が更に加わり、佐衛士はため息をついた。とりあえず海軍時代のものを元の箱に注意深く詰め直してから、まだ何か残っていないか戸袋を確認した。
 戸袋の一番奥にもう一つ箱が見える。書類ケースのような薄い箱で、それで戸袋の中は最後だった。
 取り出して開けてみると、紙縒りで括られた手紙が二束、便箋、海軍の刻印がされた黒い手帳と写真が二枚入っていた。
「また海軍時代の写真かな」
 まず写真に手を伸ばす。一枚目は家族写真だった。兵学校を卒業した時か、それとも任官した時に家族で撮ったものだろう。海軍時代の箱に入っていた集合写真より更に若い頃の大伯父と、両親に兄弟姉妹、大伯父達の祖母だと思われる老女が写っている。
――これ、ばあちゃんかな
 二本の三つ編みを肩から胸に垂らした少女に、佐衛士は祖母の面影を見た。
もう一枚の写真はスナップ写真だった。帽子を脱いだ大伯父らしき人物と同じ年頃の青年が、涼やかに笑って写るラフなものだ。裏に反せば「昭和十五年八月、英治と」とあった。計算すると大伯父が十七才の時のもので、隣に写っているのが幼馴染で親友の小谷英治らしい。
 佐衛士は次に二束の手紙に目を移す。一つは家族からの物、もう一つは小谷英治からの物だった。家族と同様に扱うほど仲の良い幼馴染、大切な親友だったことが窺える。
 手紙の束の下になっていた便箋を何気に開くと、文章が綴られていた。
小谷英治様――親友に宛てたものだ。
「字、上手過ぎ」
大伯父は本当にスーパーマンみたいな人間だったのだなと、佐衛士は関心した。
 人の手紙を読む趣味はないし、読むことに対して後ろめたさもある。しかし今回、それらを上回る好奇心が佐衛士を誘っている。佐衛士から見ればスーパーマンのごとき大伯父が、どんな手紙を書くのか興味があった。小谷英治に宛てた手紙だからこそと言うのもある。いくら親友だと言っても、扱いが特別過ぎやしないか。一生独身で過ごした大伯父。佐衛士の中には一種の期待が膨らんでいた。
 亡くなった人だし…と変に自分を納得させ、佐衛士は文面に目を走らせた。
手紙は昭和二十年七月、重傷を負って入院している時期のものらしかった。軍人となった以上、常に死は覚悟していたし、それまでにも死線は何度も越えてきたのだが、今回ほど死を身近に感じ、意識したことはなかったと始まっている。


『戦争が終わって無事に帰ることが出来たならば言おうと思っていたことだけれど、どうしてもこの気持ちを伝えたくてならず、筆を執った。任地からの手紙は人の目に触れる可能性がある。この手紙を出せるかどうかは知れないが、ここに記しておく。
 英治、俺はお前のことが好きだ。友愛の情ではなく、俺はお前に恋情を抱いている。男同士で考えられぬことだとは思うが、偽りのない気持ちだ。去年の師走に好きな人がいると言ったのは、実はお前のことなのだ。
 このようなことを告げられて迷惑かも知れない。疎まれて避けられてもしようのないことだが、告げずにいられなかった。
 応えてくれとは思わないが只、俺がお前に心底惚れていることを、どうか知って欲しい。
 英治、今、無しょうにお前に会いたい』


「やっぱり」
 佐衛士は呟いた。その手紙はあきらかにラブレターだった。それも同性の親友に宛てたものだ。ストレートに想いを伝える真摯な文章である。手紙は相手の健康を慮って結ばれ、書かれた日付と大伯父の署名がなされていた。
 佐衛士は大伯父と親友が写る先ほどのスナップ写真を手に取った。大伯父の隣で微笑んでいる小谷英治は線の細い、見るからに虚弱な容姿をしていた。当時の食料事情によるものか、それとも元々が病弱な性質(たち)なのか。大伯父が手紙の結びの部分で彼の体調を気にしていた訳がよくわかる。
 外して手に持っている眼鏡から、かなりの近眼であることもわかった。もう少し、頬に肉がついていたなら、そこそこ整った顔をしているだろうに。笑んだ目の表情は優しげではあったが。
――本当に、この人が好きだったのかな
 祖母の話や生前を思い出すと、写真の中の地味な青年は、大伯父には不釣合いに佐衛士は感じた。
 海軍兵学校でも海軍でも、良いパートナーを見つけられたはずだ。こんな、どこにでもいるようなタイプを六十年も想い続けるなど、佐衛士には考えられなかった。
 もっと素晴らしい出会いが待っていたかも知れないのに、佐衛士と同じ年頃でそれを諦めてしまうのは、ひどくもったいなく思われた。
――この人、いったいどうしてるんだろう? じいちゃんが毎年帰っていたのは、この人の墓参りだったのかな。同い年なら、戦争に行ったかも知れないし、だったら八月六日に亡くなったとは限らないよな。
 祖母の話では、中学入学時の席次は小谷英治の方が上で、彼もまた海軍兵学校の受験を視野に入れて特待制度を利用した生徒の一人だと言うことだった。そう言えば、戦争に行かなかったと言っていたような。
 佐衛士は彼からの手紙の束を返して、裏面の住所を見た。大伯父や祖母の故郷のものだった。佐衛士は思い切って紙縒りを切り、小谷英治からの手紙を広げた。


『先日は白米をどうもありがとう。家族みんなで美味しく頂きました。久しぶりの白いご飯に弟は大喜びで、その様子を見ると幸せな気持ちになれます。ちゃんと僕も頂いているから、心配なさらぬように』


 大伯父は彼の元に食料を送ったようで、それについてのお礼で始まり、西村家の近況、日常のことなどが書き連ねられている。こちらもやはり大伯父の身体のことを心配していて、


『君は丈夫なだけが取柄だと言うが、過信なさらぬように。大丈夫だと思っている人間が一番危ない。
 僕のように常日頃、あすこが悪い、ここが悪いと薬や医者の世話になっている人間の方が気をつけるので、かえって長生きのような気がするよ。君の方こそしっかり食べて、くれぐれも元気に過ごしてください』


と結ばれていた。
 小谷英治の容姿に似て筆圧の低い、柔らかな印象の文字だ。大伯父の質とは違うが、こちらもまた上手い。
 続けて二、三通目を通してみる。どの文面も大伯父の様子を気遣い、優しさが受け取れた。戦争や日ごとに厳しくなる生活事情などの『負』の要素には触れられず、日常の中のささやかな喜楽を綴り、最後には必ず相手の健康を祈る。押し付けがましくなく、一種の奥ゆかしさが読む佐衛士にも心地良く、小谷英治の人柄を感じさせた。恋愛感情があったかどうかまではわからないが、彼が大伯父のことを大事な人間だと思っていたことは確かだろう。
「佐衛ちゃ〜ん、お風呂のお湯、張れたわよ〜」
 箱の中の黒い海軍手帳に手を伸ばした時、台所から祖母の声が飛んで来た。佐衛士は手紙の束を無雑作に箱に戻した。それから散らかった物を適当に部屋の隅に寄せ、片付けの体裁を整えると、先ほどの『文箱』を小脇に抱え、自室に引き上げた。






(3)


 夕食後、自室に再び戻った佐衛士は、大伯父の部屋から持ち出した文箱を開けた。
 小谷英治の消息を祖母に尋ねると、やはり八月六日に亡くなったのだと言う。
小谷英治は中学時代、大伯父・進一郎と競うほどに優秀な青年だったが、海軍兵学校には進めなかった。ひどい近眼で受験資格に達しなかったのである。戦時下の粗末な食料事情から体力が低下し徴兵基準にも満たず、文理大学に進学したものの身体を壊して休学。家業の提灯舗を手伝っていた。
 西村家も小谷家も市街地にあったが、英治の一家は十キロ山寄りに移り、店舗を兼ねた元々の家には父親と二人で通っていたらしい。
 あの朝、彼の父親は所用で隣町に出かけ、英治は店番をしていて惨禍に遭った。爆心より数百メートル。英治は少しの骨と壊れた眼鏡を残しただけだと言う。
「じいちゃん、何か言ってた?」
「それどころじゃなかったわ。うちも家族みんなを失ってしもうたから」
大伯父の心情は、黒い手帳に遺されていた。


『昭和二十年八月六日 俺はこの日を生涯憎む、憎む、憎む』


「憎む」と言う文字が呪詛のように、ページ一面に書き殴られていた。ところどころペン字は滲んでいる。それが涙の跡によるものだと想像するのは容易かった。
 家族を奪われたことを呪ったのか、故郷を奪われたことを呪ったのか、想い人を奪われたことを呪ったのか。そのどれでもあっただろう。
 進一郎は八月の時点でまだ退院出来ずにいた。自分の故郷に新型爆弾が落とされたと言うこと、そして町が壊滅状態となり、甚大な被害を人々が被ったことを軍関係からいち早く知って、すぐにでも現地に行きたいと思ったが、彼が松葉杖を使ってようやく故郷に帰りついたのは、九月も終わりのことだった。何も残っていない町の惨状を目の当たりにし、家族を失ったことを知った。そして英治の死も。「憎む」と手帳に書き殴ったのはその時だろう。
 黒い手帳が不自然に膨らんでいることに気づいた佐衛士は、その元を探すと、二つ折にされた封書が最後のページに挟まっていた。
――小谷英治からの手紙だ
 取り出して広げる。伸ばされてはいたが便箋は皺だらけであった。
 手紙は佐衛士が読んだ何通かと同様に、大伯父が送ったものに対する礼文から始まっている。それから夏の暑さが本格的になり、中洲に出来た故郷の町では、例年通り、子供達が川遊びを始めて賑やかな様子が書かれていた。
 盆に帰省出来るかどうかわからないとでも大伯父からの手紙あったのか、それについての返事は、


『とても残念なことではあるけれど、任務優先なのだからしようがない。でもくれぐれも身体を労うてください』


と、例によって相手を気遣うものだった。
 日付は昭和二十年八月二日。あの日の直前に書かれたことがわかる。
手紙には追伸があった。


『進一郎、君に堪らなく会いたい。無理なのはわかっているけれど、やはり盆には戻ってきて欲しいと願ってしまう。
 もし今度休暇が取れて戻る時は、足を延ばして宮島に行こう。それまでには体力をつけておくよ』


 その約束は果たされなかった。
 あの頃の郵便事情では、この手紙が大伯父の元に届いたのはかなり後のことだったと思われる。大伯父はすでに小谷英治の死を知っていたのだろう。便箋についた皺がそれを物語る。
――この人も、じいちゃんのこと、好きだったんじゃないかな
 小谷英治の手紙は、どれも大伯父への思いやりに溢れていた。世相の暗さを感じさせず、それでいてわざとらしくなく、冒頭の頂きものへの礼文と、相手の身体を気遣う結尾を読まなければ、戦時中とは思えないくらい、ごく普通の日常的な文面。大伯父は彼からの手紙を読んで、しばし疲れを忘れただろうと佐衛士は思った。
 きっと命がけで国を守る親友へ、細心の注意を払って書いたに違いない。相手のことを大切に想わなければ、こんな文章は書けない。
 文箱の中のスナップ写真を手に取る。今、もし佐衛士が小谷英治と出会ったなら、歯牙にもかけないタイプだ。内面を知ろうとせず、外見だけで判断する。それでよく「より良い相手」との出会いを求められたものだ。そして遊びと割り切った付き合いでしか相対さないようでは、それなりの相手しか佐衛士の前には現れないだろう。あの拓真のように。


『今の時代の方がよほど自由じゃと思うぞ。 どんな恋愛も、本人の意志次第だ。うらやましいことじゃな』


「俺はじいちゃんが羨ましいよ」
 もっとちゃんと恋をしよう。せっかく大伯父が羨ましいと思う時代に生まれたのだから。相手と向かい合う恋をするのだ――佐衛士はそう思いながら、スナップ写真の中の大伯父を見つめた。
 机の引き出しを漁る。
――確か、白い封筒が残っていたはずだけど
 ようやく未使用の白い封筒を見つけた。文箱から便箋を出して、大伯父が出さずにいたページを外し三つ折にした。それを封筒の中に入れて封をすると、文箱にまた戻した。






(4)


「遠いところ、ようお越しくださいました」
 指定された駅構内の待ち合わせ場所で佐衛士を出迎えたのは、小谷英治の弟・弘之だった。弟だと言うので、佐衛士は老いた姿を想像していたのだが、さほど年寄りじみていない。聞けば兄の英治とはひと回り離れていて、今年七十才になるのだと言う。まだ税理士として現役で働いているせいか、年齢よりも若く見えた。
 彼は左腕をギプスで固めている。
「手、どうされたんですか?」
「転んで手首を突いたんですわ。不細工な話です。ああ、車のことじゃったら大丈夫。『運転手』を連れて来とりますけん」
 駅の車寄せのところに一台のワンボックスカーが停まっていて、弘之氏はその車に佐衛士を導いた。運転席には若い男が座っていた。佐衛士と目が合うと、ぎこちなく会釈する。
 彼は大学二年生になる弘之氏の孫だった。最近のアイドルのように前髪や襟足を長く伸ばした髪型で、痩せすぎなくらいの体型をしている。どことなく、あのスナップ写真の英治と似て見えた。祖父の弘之氏に頼まれて仕方なくついてきたような風である。
 佐衛士は春になる頃、小谷家と連絡を取った。去年の夏に大伯父の進一郎が亡くなり墓参出来なかったこと、遺品の中に英治に宛てた手紙を見つけたので墓前に供えたいから、墓所を教えて欲しい旨を手紙に書いた。小谷家の連絡先を知る由もなかったが、英治からの手紙の住所と、文面から弟がいるらしいことはわかっていたので祖母に名前を確認し、それらだけを頼りに手紙を出した。住所は二処あって、市街地に出した方は戻ってきたが、郊外の方はたどり着き返事が来た。英治の弟・弘之は、昭和二十年に一家が転居した近くに存命で、墓所まで案内してくれると言うので、日時を打ち合わせた。八月六日は土曜日で佐衛士の勤務先は休みであったが、小谷家は何かと忙しいだろうと翌七日に決めた。
「進一郎さん、亡くなられたんやねぇ。去年、花がなかったんで、何かあったんじゃなぁかと思うとったんですが、連絡先、わからんかったもんで」
「じいちゃ…、いえ大伯父が墓参りしていたことは、ご存知だったんですか?」
「知っとりましたが、いつも私らが来る頃には帰られた後で、姿をお見かけしたんは、兄が亡うなって何年かした頃に一度だけなんですわ」
 車は緩やかな坂道を登り、市街地を見晴るかす丘陵地に着いた。エアコンの効いた車内から出ると、一遍に汗が吹き出す。今を盛りと蝉の声が忙しなく、更に暑さが増すようだった。
 新たに造成された霊園を通り、コンクリートで整備された墓間の路を奥へ奥へと進むと、昔からの墓所にたどり着く。小谷家の墓は桜の木のそばにあって、木陰になっていた。
「兄ちゃん、進一郎さんとこの甥御さんが来てくれたけぇ」
 弘之氏が線香に火を点ける間、佐衛士は大伯父の手紙をカバンから取り出し、墓前に供えた。
「尋哉(ひろや)」
 弘之氏は後方で所在無げに立つ孫に声をかける。彼は手に黄ばんだノートを持っていた。弘之氏はそれを、佐衛士が供えた手紙の下に重ねて置いた。
「兄の日記です。兄さんの想いが詰まっとる。毎日仕事場に持ってっとったのに、あの日に限って家に忘れてった。きっと進一郎さんに読んで欲しかったんかも知れん。いつかお渡ししようゆぅて思うとったんじゃが、結局、今日まで機会がなかった」
 弘之氏は目を細めて町を見た。彼はそれ以上、英治の日記の中のことは言わなかったが、先ほどの言葉で何が書かれているのか佐衛士には想像出来た。進一郎と英治の想いが、やっと通じあったのだと言うことが。
 三人で手を合わせる。「すん」と隣で小さく鼻をすする音が聞こえた。弘之氏には感じ入るところがあるのだろう。彼は兄の密やかな想いを、知ってからの六十年、ずっと心の中にしまっていたのかも知れない。
 手紙と日記は、今夏の盆の送り火で使うことになったのだが、それを聞いた弘之氏の孫の尋哉が「え?!」と声を上げた。
「それ、俺が形見にもろうたノートじゃん」
「本来、渡すべき人に渡せたんじゃ。おまえが持っとる必要はなかろうが。すんませんなぁ。どうもこの日記を読んでしもうたらしゅうて、どこが気に入ったんか、『俺が預かる』ゆって聞かんでして」
「よ、余計なこと、言うなよ」
 尋哉は顔を赤くして、弘之氏の言葉を遮った。佐衛士と目が合うと、キュッと下唇を噛み、上目遣いで睨み見る。
――こいつも、もしかして
 佐衛士がそのきつい目に笑みを返してやると、尋哉はプイっと横を向いた。佐衛士は思わず吹いてしまった。
「どうかしましたか?」
「ああ、いえ」
 くつくつと佐衛士の笑いが止まらないのを一瞥した後、弘之氏は尋哉に向き直り、
「やっぱりこの日記は『あっち』へ送ろう。やっと気持ちが伝わるんじゃから」
と言って、孫の頭をくしゃくしゃと撫でた。尋哉はまだ納得しかねる表情である。
 後で彼に大伯父・進一郎もまた、英治を想っていたことを教えてやろう。そうすれば日記と手紙を二人の『手元』に戻すことの意味が彼にもわかり、納得するだろう――と佐衛士は思った。
 一陣の風が、佐衛士の頬を撫でて過ぎて行った。その風の行方を追うようにして視線を流した先には、どこまでも広がる一片の雲もない青い空。
 佐衛士はその青の中に、古びた写真の中で微笑んでいた進一郎と英治の姿を見ていた。

  (2011.07.10)
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