アンディは乗馬、私は庭でひなたぼっこ。ここの庭は本当にきれい。美味しい草も花もあるし、よく手入れされてる芝生の上を歩くのって気持ちいいのよね。喉が渇けば噴水もあるし、広すぎて移動するのは骨だけど、それも散歩だと思えば嫌じゃないわ。
庭師のみんなもとっても優しいの。私達ホルスフィールドリクガメは、「ヨツユビリクガメ」って別名を持ってて、前足は四本指で穴を掘るのにいいようにショベルみたいな形をしているの。穴を掘る習性なんだけど、お利口な私はところ構わず掘りまくるようなことはしないわよ。でもね、時々やっぱり掘りたくなるのよね。だからちょこっと芝生に穴を開けちゃうこともあるんだけど、誰も叱らないわ。「しようがねぇなぁ」って、芝生の切れた掘っても良いようなところに連れて行ってくれるの。ちょうど良いからって、掘った穴に花の苗を植えたりしてくれて。イーニアスも見習ってほしいわ。叱るばっかじゃ逆効果なこともあるってこと。
でもびっくり。まさかアンディがイーニアスに興味があったなんて。ああ言うキレイ系、今までアンディの周りにいなかったから、物珍しいのかしら? それとも、もともと彼みたいなのがタイプなのかしら? 本気のステディはいないし――少なくともこの三年はね――、イマイチ、アンディの好みってわからないんだけど。
望み薄は望み薄よね。イーニアスはゲイに見えないし、アンディのことを毛嫌いしているもの。半径一メートル以内には絶対近寄らないの。跡取りに相応しいかどうか調べているでしょうから、アンディがバイだって知っていると思う。警戒してるのね、きっと。ヘテロであの調子じゃあ、どう転んだって両想いにはなれないわ。
「Bow!」
Bow? って、きゃあ、私の天敵! やめて、何すんのよ。私は野球のボールじゃないわよ。やめなさいよ、銜えたって歯はたたないわよ、やめてったら。
今、私を転がしたり放り投げたりして玩んでるのは、ここのペットでアイリッシュ・セターのトリスタン。本当は猟犬なんだけど、ランプリングさん曰く、兎でも狐でも遊び相手として追っかけちゃうから、猟犬に向いてないらしいの。撃たれて落ちたカモを舐めて直そうとしたり、心優しい性格だってことだけど、心優しいヤツが、か弱いカメをボール代わりにする?!
「トリスタン」
天の助けとはこのことね。呼ばれたトリスタンは、私からやっと気を逸らしたわ。今のうちに逃げなきゃって思うけど油断は禁物。甲羅は堅くても首や手足は柔肌なんですもの。あんなに鋭い歯を立てられたら一たまりもない。しばらく甲羅の中に篭ってなきゃだ。
「おやめ、トリスタン。アレクサンダーはアンドリュー様の大事な友達だよ。ケガでもさせたら大変だ」
あら? この声、もしかしてイーニアス? え? 何かふわふわするわ。もしかして、彼に抱き上げられてる、私?
首の穴からちょっとだけ覘いてみる。やっぱりイーニアス。それも真正面から私を見ているじゃないの。ドアップ。なんてきれいな青い瞳。吸い込まれそう。私ったら、釣られて身体を出しちゃったじゃないのよ。
「良かった。大丈夫みたいだね。だからちゃんとケージに入れておくように言ったのに。トリスタンだから良かったものの、他の犬や狐だったら、おまえは今頃、この世にいないかも知れないよ。ご主人に似て腕白だな。あれ? おまえ、もしかして雌じゃないのか?」
いやん、エッチ。ひっくり返してどこを見てんの。トリスタンは相変わらず、隙あらばって狙ってるし。早くあっちへ行ってよ、二人とも。
「だめだよ、トリスタン。遊び相手にするには、彼女は小さすぎる。僕が送っていくから、おまえは別の相手をお探し」
良いですから、自分で帰れますから。無駄だと思いつつ叫んでみるけど、やっぱり無駄だったわね。仕方ないわ、助けてもらったんですもの、おとなしく成すがままになってあげる。レディ扱いしてくれるから、悪い気はしないしね。
男のくせに白くてきれいな手。指先はほんのりピンクだし。育ちの良さってこう言うのね。アンディは何となく育ちが良いってわかる程度だけど、イーニアスは見たまんま。育ちの良さが服着てるみたい。これじゃ、本当にアンディとは合わないかも。
「ほら、着いた。この屋敷は林の近くにあるからね、時々、狐も入ってくるし、兎を狙って鷹とかも空を飛んでいるから危険がいっぱいだ。そのことを、おまえのご主人様はわかって連れ出しているのかな」
じゃあ、ケージに入れておけって注意したのは、私のことを心配してくれたからなの? もう少し言い方を考えた方がいいわよ、イーニアス。わかりにくいじゃないの。
アンディったら、またベッドの上にシャツを脱ぎっぱなし。片付けなくてもいいからランドリー・バスケットに入れるように、いつも口うるさく言われてるのに。きっとイーニアスの嫌味炸裂だわよ。
ほらほら、見てる。ティー・タイムでのお小言決定。そこのところは私もイーニアスに賛同するわよ。整理整頓はママにも注意されていることだしね。ここじゃ自分で洗濯しなくていいし、片付けもしてもらえるんだから、バスケットに放り込む手間くらいなんでもないでしょうに。うんと嫌みったらしく注意してやって、イーニアス。
イーニアス? どうしたの? いつものあんたなら、嫌味一言を付録にしてバスケットにポイッでしょう? なんで手に取って見つめちゃったりするわけ? もしかしてどっか汚してる? ランチのガレットについてたバルサミコソースのビーツ&ビーンズ、上手くフォークが使えなくて飛ばしていたものね。細々した食べ物が苦手だわ、アンディって。アメリカ人って大雑把なのよ。胸のとこら辺に触っているとこ見ると染みがあるんだわ。
イーニアス、本当にどうしちゃったの? 触ったくらいじゃ染みって取れないわよ。とっとと、洗濯しなきゃ。それってすごくいいコットンなんでしょう? だから唾じゃ取れないわよ。よけいに染みになっちゃ…、もしかしてキス? シャツにキスしてるの? もしかして、イーニアスも?
「あれ? 何してんだ?」
ナイスタイミングよ、アンディ。これはもしかしたら運命かも知れないわ。見たでしょ? 今、イーニアスはあんたのシャツにキスしてたのよ――見てないわね。だって、イーニアスはドアに背中を向けていたし、この部屋、無駄にだだっ広いんですもの。イーニアスとの距離もありすぎる。ドアが開いた時の音で驚いたイーニアスは真っ赤だったけど、アンディの声で振り返ったらもういつもの白い顔だもの。シャツにキスしていた唇も、当然外す時間たっぷりだし。
「あなたのカメがウロチョロしていたので、ケージに戻しておきました」
「置いてったとこにいないと思ったら。そりゃどうも、サンキュ」
やっぱり見てないのね、アンディ。そうだ、シャツ。アンディ、彼が持っているシャツについて突っ込んで。
「脱いだものは、ランドリー・バスケットに入れるように常々お願いしているはずです」
ほら、先手を取られちゃったじゃない。
「まだ着るんだよ。それ、今朝、着替えたばっかだぜ?」
「とてももう一度お召しになるような状態での放置ではありませんでしたが? すっかり皺だらけな上に、ここに染みも。染みはついた時点で処理しないと、完全に取れない場合もあります」
「染みが付いたなんて、気がつかなかったんだよ」
「カトラリー(ナイフ、フォークなど)の使い方がまだ不得手でらっしゃるのですから、常日頃、注意なさるのがあたりまえでしょう。染みをつけるなと申しているのではありません。未熟な部分を自覚して行動なさってくださいと申し上げているのです」
辛辣。あれね、バツの悪さからくる照れ隠しだわね。口調は変わらないけど、見ちゃった私には表情も口調も違って見える。
だってほらほら、髪をかけている方の耳たぶがピンク。普段、そんなことないもの。目ざといアンディなのに、どうして気づかないのよ。環境が違うから疎くなってんのかしら。
「乗馬なさったのなら、シャワーをお使いになりますね? フィリスに新しいシャツをお出しするように伝えておきます。間もなくミッディ・ティ(午後三時くらいのお茶)ですので、お仕度が済みましたら中庭のガゼボ(東屋)にお越しください。今夜のディナー・メニューとワイン・リストをお持ちいたします」
イーニアスが行っちゃうわ。呼び止めもしないなんて、気づいてなかったのね。
あら? でもちょっと変。あれだけ辛辣に言われたのに、アンディったら言い返しもしない。それに、イーニアスを見てる。彼が通り過ぎると同時に目を向けたわ。不思議そうな顔してるけど、どうなの? ねえ、どうなのよ、アンディ?
結局、そのまま行かせてしまったわね。アンディはバスルームへ直行。やっぱりベッドの上に脱ぎ散らかしてる。ランドリー・バスケットはバスルームにも置いてあるのに、懲りないわね。
私、今日は晴天の霹靂的気分。思いがけないことばかりだったもの。二人ともお互いを意識していることは確かね。まったくいつの間に。
あんなに相性が悪そうだったのに、何がきっかけなのかしら。今じゃ完全にゲイのアンディはともかく、イーニアスまでそのケがあったなんて驚きだわ。
アンディは未確認だけど、イーニアスはシャツにキス時点で決まりでしょ? いくら染み抜きは早い方がいいからって、まさか唾液で何とかしようだなんて、優秀な次期執事がすることとは思えないもの。
それに彼、アンディに対して辛口で口うるさいけど、意地悪で言ってることは一つもなくって正しいことばかり。今夜のディナーの飲み物の件だって、さりげなくフォローしてくれたのよ。ミッディ・ティブレイクで渡されたワイン・リストの中に、もう一枚、手書きのが挟んであって、それはもともとのリストの半分くらいの種類だったの。
ここの地下にあるワインセラーにはね、すごい本数のワインがあるの。通常の食事で飲むくらいのは、その時の当主がワイン通でもないかぎり、ある程度決まっているらしいけど、今夜のディナー・レッスンはアンディが選ぶことになっているから、料理のメニュー見て、どう言ったものが合うか見極めなきゃなんない。ワイン・リストの候補も、持っている全てじゃなくてもパーティー用並に多いの。ランプリングさんって容赦ないって感じ。そう言ったところはイーニアスのおじいちゃんだなぁって思うわ。アンディはビール党だし、どんなワインでも気にしないわけよ。はっきり言って、毎日出されるワインも意識して飲んでいるかどうか怪しいもんだわ。お肉は赤、お魚は白くらいのことしかわからないでしょうよ。それだって肉や魚の種類によって、必ずしも赤が合うとかどうどか決まってないみたいなの。
ランプリングさんならこう言うわね。
「毎日、ちゃんと味わってらっしゃれば、おわかりになるはずです」
料理はこの夏、一度は食べたことがあるものからチョイスされているし、ワインだって飲んだことあるものが入っていて、リスト・アップの大半は引っ掛けなの。完全に復習テストだわね。もし変なワインをチョイスしていようものなら、次の日のディナーでどんなお仕置きが待っていることか。
イーニアスは無言だったけど、アンディには小さいリストの方から選べってことがわかったみたい。あとでマリアンヌさんがこっそりアンディに教えてくれたんだけど、小さいリストのワインは、どれを選んでもその夜のディナーの料理には合うようになっていたんですって。「アペリティフ(食前酒)にはシェリー、ポワソン(魚料理)には白、ヴィヤンド(肉料理)には赤、ディジェスティフ(食後酒)には貴腐ワイン」って言う最初に教わった初心者用の常識を覚えていればオッケーって言う風にね。イーニアスのことだから「主人の恥は、執事の責任です」とかって言うでしょうけど。
まあ、ディナー・メニューのポワソンやヴィヤンドの付け合せが、豆料理とかフイユテって言うパイ生地を使ったものに、手書きで変更されてたのには笑えたけど。つまり、アンディのナイフとフォーク使いじゃ高難度なお料理なの。愛のムチってヤツね。ワインの件で助けられたことに感謝はしても、これじゃあアンディは素直にお礼を言いそうにないわ。
意地っ張りな二人だけど、上手く行くのかしら。意識する以上に発展するのかしら。私が人間の言葉を喋れたら、キューピッド役を買って出るのに。
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