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「パンちゃんさぁ、本当は女に興味ないんじゃないの?」
 久々の再会と敷島の講師就任を祝って乾杯した後、案の定、飲み会の話題は「本気にならない男ネタ」に移って行った。
 集まったのは敷島に近しい友人やサークル仲間達で、以前は何かと言えば集まって飲んでいたが、年齢的にも中堅どころに差し掛かり、最近はそれぞれ仕事が忙しい。そして一般企業に就職したヘテロな友人は、たいてい身持ち的にも落ち着き始め、色っぽい話からは遠ざかる傾向にあった。アーティスト系の友人はと言えば、あらぬ疑いを敷島にかけたがる。これは昔からあまり変わらないが、いずれにせよちょっとした面白みを求めているのだ。そんな時期に敷島は良いネタを提供したと言うわけである。
「だよな。二十代、三十代なんてヤリたい盛りじゃないか。特定の相手がいるんなら、無理にでも時間を作るだろ、普通。それを月一回デートするかどうかなんて、信じられない」
 大城は呆れたように言った。先日別れた恋人とは、大城と行ったコンパで知り合った。三年近く前のことだ。来月結婚予定の彼の婚約者も、そのコンパの参加者だった。女同士で情報交換しただろうから、その彼氏である大城にもある程度情報は入っていると考えられる。今回のネタの流出元は彼であることは有力だ。
「おまえは時間作ったのか?」
「もちろん。何度、親戚の法事に『行った』か知れない。最近の吹奏楽部ってのはな、休みの日は一日中、部活なんだよ」
 大城は私立高校の音楽教師で、吹奏楽部の技術面を指導する副顧問をしていた。全国大会出場レベルの部ともなれば、土日祝日は運動部並に練習漬けで、コンクールのシーズンになると副顧問も休み関係なく駆り出されるらしい。
「パンって昔っから淡白だったよな。放置されてもしててもへっちゃらって感じ」
「今回だって彼女から言い出さなきゃ、まだズルズル付き合い続けてたんじゃないの?」
「三年付き合って俺らの年になりゃ、普通、大城みたいに決めるだろ?」
「それがパンなんだって」
 と口々にみんなが言えば、大城とは反対側の敷島の隣に座っている足立真樹(あだち・まさき)が、わざとしな垂れかかって言った。
「だから言ってるじゃん。本当は女に興味なんてないんだよ」
 足立は日本画専攻から卒業後はフラワーアレンジメントに進み、そこそこ成功している。学部は違うがサークルで知り合って意気投合した。卒業してからはお互い自由業と言うこともあり、忙しい点では比較にならなかったが一番会う率が高い友人と言える。
「一度、試してみない? 世界が広がるよ?」
 芸術系大学にはその手の性的指向者、ゲイは珍しくない。敷島の友人も割合から言えばゲイの方が多かった。足立もその一人で、彼は学生時代から公言している。
 彼らに対して偏見はないが、敷島は自分がそうである可能性を考えたことはない。確かに恋人と過ごすより男同士で集まる方が楽しいし優先することもあるが、それは芸術面で刺激を求めているだけだった。
「それこそ興味ないよ。今までそんなこと考えたこともないし」
「これを機会に考えるんだって。今日の昼、良さげなのと一緒にいたじゃない? まあまあキレイ系だしネコっぽいし、ハードル高くないでしょ?」
「昼?」
 足立に言われて、敷島は午後に一緒になった人間の顔を思い出す。立浪教授に、高校の頃からずっと師事した名誉教授、学部長、副学部長などなど、思い浮かぶ顔は年長者ばかりだった。
――ああ、そう言えば。
 一人だけ年下がいた。立浪教授に紹介された声楽家の橋中と言う青年。
「彼、そうなのか?」
 確かに悪くない顔立ちだったが、彼がゲイだとはわからなかった。
「遠目で見ただけだけど、お仲間の匂いがしたよ。賭けても良い」
 『ネコ』とはゲイにおける女役のことだ。身近では足立がそうである。足立は見た目こそファッショナブルな、いわゆるイケメンだったが、仕草や言葉の端々に女性っぽさが混じっていて、少し話せば「そうかな」とわかるタイプだ。引き換え橋中は、小ざっぱりしてむさくるしさこそないものの、長身だし話すかぎりは普通の男だった。そして男としての美声の持ち主でもある。あの声が耳の中で甦った。
「誰だよ、彼って?」
 大城が会話に割り込んだ。
「今度、伴奏をすることになったバリトン」
 ネコと言うことは、ベッドの中の睦言もあの声と言うことになる。キレイ系でネコだからハードルは高くないと言われても、低く明らかな男声で喘がれたり、ベッドの中で名前を呼ばれることを想像すると、自分はやはりゲイではないと思う敷島だった。
「無理」
 自然と口をついて出た言葉に、足立がすぐに反応する。
「今、一足飛びにベッド行ったでしょ? まず『その』可能性を探った時点で、素質あるよ、パンちゃん」
 足立との会話で、今度は敷島がゲイである可能性についての検証に話題が移っていった。同性指向の友人達からは橋中についても根掘り葉掘り聞かれたが、答えようが無かった。式典までの短い時間に、彼がゲストで出演するコンサートの伴奏を依頼され、連絡先を交換しただけ。声楽専攻の鷲尾の補足によると、月島芸術大付属高校からの内部入学で、敷島達よりも二つ三つ下。卒業後は別の芸大の大学院に進んだとのことだった。
「高垣教授の自慢の教え子だったけど、それがなきゃ覚えてないくらい地味な奴だったよ。やっぱり留学すると感じも変わるのかね」
 鷲尾はそう付け加えた。
「きっと海外で開眼したのよ。色っぽかったじゃん。着てる服も何気におしゃれだったし、やっぱり留学するならイタリアだよねぇ。イイ男ばっかだし」
 思い出す風に、足立は視線を宙に向けた。遠目だった割にはよく見ていると敷島は感心する。
「アダッチの場合、する必要なかっただろ? 本家本元の国に住んでるんだから」
 足立の言ったことについてすかさず突っ込みが入った。足立は言った本人に意識を移し反論する。言葉の応酬が楽しげに続いた。
 そんな友人達の変な盛り上がりを尻目に、敷島は薄らぼんやりと昼間に会った件(くだん)の橋中の事を考えた。ほんの数分だったので、足立が抱いたような印象に至らない。
 恋愛の対象として仮定しても魅力はわからなかった。レディース・サイズの服が着られるくらい華奢であるとか、中性的であるとかならともかく。と思ったところで敷島は、同性を「そう言う」対象として仮定することに、それほど抵抗がないと気づいた。
――いやいや、あくまでも「仮定」だから。

   
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