いつか『恋』と知る時に〜Intermission



六月の呪い



「どうして女って六月に結婚したがるかなぁ。今日で二つ目、俺の従妹も今月なんだぜ。 この上、二次会まで出たら破産する」
 席に着くなり礼服のネクタイを緩め、大川が大いにぼやく。
「ジューン・ブライドは女のロマンなんだよ。」
 同じくネクタイを緩めながら諏訪は宥めるが、彼のぼやきたくなる気持ちがわからないでもない。諏訪も今月すでに三回目の披露宴出席だった。
 歯科大時代の友人連中は、少なからず晩婚傾向にあった。大学は六年制であるし、卒業後には一年間の研修医生活がある。その後は院に進んだ者もいるし、しばらく雇われ歯科医になって開業資金を貯める者もいた。開業したらしたで軌道に乗るまで結婚は後回しになる。
 三十代の半ばになり、ようやく心も財力にも余裕が出始めたのか、去年今年とバタバタ結婚し始めた。来年には大川もその一人となる予定だ。
「おまえだって、六月に結婚するんじゃないの?」
「ないね。だいたいあれは外国の言い伝えだろ? ここは日本。大方、ヴァレンタイン・デーと一緒で、結婚式場の陰謀に違いないんだから、乗っかってたまるか」
 大川自身がそのつもりでも、彼女がどう言うか。結婚式は何だかんだ言って主役は花嫁、今までの友人達はほとんど、彼女の意向が反映された式になっていた。それを言うと、「初めが肝心」と大川はかなり強気に答えた。
「だけどこれで、俺達の間で完全に独身は諏訪だけになるな? シュッとして女に不自由してなさそうだし、一番先に開業したし、早く結婚するとばかり思ったけど」
 大川は声音を抑えて言った。ちょうどオーダーした飲み物が運ばれてきたせいもあるが、店の雰囲気が自然とそうさせるのだ。
 このショットバーは諏訪の行きつけだった。仕事帰りにフラリと立ち寄るタイプの店で、故に一人客が多く店内は静かで落ち着いていた。諏訪は今夜も一人で来るつもりでいたが、大川が二次会に出ないと言うので、「少し飲んで帰ろう」と連れだって来たのである。
「確か前に会った時、付き合ってる子がいたみたいだけど、彼女とは結婚しないのか?」
「別れた。それに結婚が前提ってわけじゃなかったしな」
「同年代って言ってなかったっけ? 男はともかく女で三十超えてたら『前提』だろうよ。それとも実は若い子だったとか? え、もしかして人妻か?」
 興味津々の大川に諏訪は苦笑した。それから彼の大きくなった声に対し、「シッ」と指で窘めるサインを出す。
「相変わらず秘密主義なんだな?」
 大川は再び声を潜めた。
 諏訪は事恋愛に関して秘密主義であった。秘密主義と言うより公に出来ないのだ。恋の相手が常に同性だからである。
 誰かと交際していることは隠さなかった。しかしデートをしているところに出くわしても、友人・知人はそれが交際相手だとは思わない。諏訪のタイプは背格好が同じくらいの、周りから見れば友達同士にしか見えない普通のサラリーマン風ばかりだったからだ。
「別れたんなら二次会に行けば良かったじゃないか? 新婦の友達、結構、レベル高かったぜ?」
「しばらく良いよ。それに独身主義者だから」
 二次会に行こうものなら、わずらわしいことになりかねない。
 いつの結婚式でもそうだが新婦側の友人達には適齢期の独身が多く、二次会はちょっとした『婚活』状態だ。特に「医」のつく職業である諏訪はロックオンされる率が高かった。今回の新婦は美人が多い職種と目される企業の受付嬢で、類は友を呼ぶと言う言葉通り友人は美人揃い。独身のみならず既婚者の目の保養になっていたが、どんなにレベルが高くとも、異性であるかぎり諏訪の興味の対象ではない。彼女達よりも新婦の兄の方に心が動いた――残念ながら既婚者だったが。
「独身主義者にならざるを得ないんだろ。理想が高すぎて」
「そんなに理想は高くないよ」
 理想は高くない。ただ結婚するハードルは高い。日本では同性同士の婚姻は認められておらず、養子縁組の形でしかないのだ。そしてカミングアウトするには勇気がいる。昔よりオープンになったとは言え、世間の目はまだまだ保守的だった。
「いやいや、絶対、つき合う女のレベル高いって。こんな小洒落た店を行きつけにするヤツなんだから」
 大川はドリンクと一緒に出されたチョコレートをつまんだ。
 このショットバーのフード・メニューは多種多様なチョコレートのみだった。たいていはバーテンダーやオーナーがオーダーしたアルコールに合わせて出してくれるが、常連になってだんだんと好みが確立されてくると、客は自身でチョコレートをオーダーするようになる。ちなみに今夜のチョコレートは諏訪がチョイスした。一人客がほとんどで時折聴こえる話し声も、スロージャズのBGMに溶けて行くほど静かだった。それらがシックでシンプルな内装と相まって、大川の目にはおしゃれに映るらしい。
 その時、入口のドアが開いて新たな一人客が入って来た。諏訪は見るとはなしにそちらを見た。
 客は同じ年頃のスーツ姿の男で、入り慣れた風にカウンターの止まり木に座った。バーテンダーがオーダーを聞き、彼は一言二言それに返した後、かけていた眼鏡を取り、鼻頭をつまんだ。そこまでの一連の動作に、諏訪は見入っていた。
 見た目はサラリーマン。店に入って来た時も今も、諏訪の位置からは横顔程度しか見えないが、鼻梁、頬、顎のラインが美しい。ごつごつとした男っぽさはないが、かと言って女のような線の細さもない面差しをしている。つまりは非常に諏訪の好みだった。
 オーダーしたドリンクを受け取り、涼やかな笑みを口元に浮かべたまま、唇にグラスを寄せる。明度を落とした薄暗い照明の中、彼だけが白く発光しているように見えた。
「知り合い?」
「あ、いや」
 不意に大川の声が耳に入った。よほど凝視していたと見える。「知ってるヤツに似ていたから」と言い訳し、大川との他愛ない会話に戻った――ものの、諏訪の意識は視界の一隅に留まる男に分散している。大川が一緒でなければさり気なく近くに座り、ご同類か否か探りを入れたいところだ。ここは普通のBarだが『男の隠れ家』をコンセプトにしていて女性の入店を断っている。それもあってかゲイの客も少なくない。
 会話が途切れたのを見計らって諏訪はトイレを理由に席を立った。しかしその時にはすでに『彼』の姿は消えていた。互いの仕事の話にほんの少し集中していた間に、どうやら帰ってしまったらしい。席を立った手前行かないわけにはいかず、諏訪はそのままトイレに向かう。
「さっきここに座ってたお客さん、常連?」
 席に戻り際、カウンターに立ち寄りバーテンダーに尋ねる。
「どのお客様ですか?」
「一見サラリーマン風で、入って来た時は眼鏡かけてた人。確か一杯目はコリンズグラスでカクテルを飲んでた。二杯目はロックっぽかったけど」
「よくご覧になっていましたね?」
 バーテンダーは感心した風に言った。ここのバーテンダーは諏訪がゲイであることを承知している。互いに二人連れで、ソレ系の某所で出くわしたからだ。諏訪がその客に興味を持ったことは、わかったに違いない。
「頻繁ではありませんが、お見えになりますよ?」
「名前は?」
 バーテンダーはにっこり笑うに留める。彼は仕事柄、客に関する余計なことを話さない。お仲間かどうか聞いても答えないだろう。諏訪は諦めて席に戻った。
 前の恋人と別れて三ヶ月、以前ほどには特定の相手を見つけようと思わなくなり、性欲の高まりは後腐れのない「知り合い」と済ますことが多くなった。四捨五入して四十になる年齢域に入り色々と減退してきたのかと思っていた矢先、久しぶりに心ときめく相手と出会ったが、どうやら縁はなかったらしい。




 

 諏訪義人がオフィス街に建つ古びたビルの三階で、歯科医院を始めて五年になる。
 実家は北関東で、父も歯科医院を開業していた。三つ違いの兄がいるが内科医となり、病院勤務をしている。そんなわけで諏訪が父の歯科医院を継ぐことは必然視されていた。地元ではなく都会の大学を許されたのも、「ゆくゆくは跡を継ぐなら」と言う暗黙の了解の上だった。
 医師免許を取得し研修を終えた時点で両親、特に母はすぐにでも戻って父と共に働いて欲しいと考えていたようだったが、諏訪はこちらで開業した。正直なところ、地元には帰りたくなかったからだ。
「先生、今から診てもらえないかってお電話入っていますけど」
「誰?」
「初めての方みたいで、奥歯がひどく痛むらしいです」
「ちょっと待たせるかも知れないけどって聞いて、それで良ければ最後に入れて」
「わかりました」
 実家は長閑な田舎町にある。近年開発されて人口も増えたが、周りはまだまだパッチワークのような田畑に囲まれていた。そんな場所で諏訪は生きづらい。認知度が上がったゲイと言う性指向だが、それは海外や東京などの大都会であればこそ許容されることで、「結婚して子供を作って一家を成す」がまだまだ基本の地方では、奇異の目を避けられない。自分を隠して何とか生活出来たとしても、両親をはじめとするお節介な親戚や近所のおじちゃんおばちゃん連中が、頼みもしない見合い話を持ってくるだろう。今だって帰省するたび、これ見よがしに釣書が積まれている。
 そんな小じんまりとした中で、一生暮らす自信はなかった。多少の無理は承知で若いうちに開業したのも、こちらで歯科医として生活基盤が固まれば両親も諦めるだろうと考えてのことだ。
「えっと久能さん、お待たせしました」
「いえ、こちらこそ急にお願いしてすみません」
 諏訪は「あれ?」と出かけた声を、マスクの下で飲み込んだ。診察台に座った今日最後の、夕方飛び込みで電話をかけて来た新患は、あのショットバーで見かけた、「心ときめく相手」に良く似ている。Barでの彼の滞在は半時間ほどで、諏訪の席とは少し離れていたし、ほとんど横顔しか見ていない一ヶ月以上経って記憶も薄くなっていた。同一人物だと確信は持てないが、それでも諏訪の心拍数は上がる。
「今日はどうされました?」
「一昨日から奥歯の辺りが痛むんです。市販の痛み止めはすぐ効き目が切れてしまって」
「わかりました。イスを倒しますよ」
 ゆっくりとイスが倒れ、久能と言う患者の身体は仰向けになった。口を開けさせ、痛む箇所を確認する。ちょっとした拍子に目が合った。「どうですか?」と不安げな様子にも見える目の表情だが、妙に色気があって諏訪はドキリとする。
「起こしますから、うがいしてください。レントゲン撮ります。深田さん、レントゲンの準備頼むよ」
 諏訪がそう言うと、助手がうがいを終えた久能をレントゲン室に案内する。その後ろ姿を見送り、諏訪も撮影室に向かった。
 縁はなかったと思ったが、諏訪はあれから三日と空けず店に通っている。仕事が終わると無意識に足が向いた。バーテンダーの「頻繁ではないがお見えになる」と言う言葉が、諏訪に期待を持たせている。しかしお目当ての『彼』とは一ヶ月経ってもまだ会えずにいた。諏訪が行かない日に来店したことを、見かねた口の堅いバーテンダーが教えてくれた。やはり縁がないのか――そう落胆し諦めかけていたところに、似た新患が現れた。
「歯茎がかなり腫れていますね。親不知の辺ですが、虫歯とか磨き残しからくる炎症ではなさそうだ。最近、お忙しいんじゃないですか?」
「少し仕事が立て込んではいますが、それと関係ありますか?」
「疲労から免疫力が低下して、ちょっとした細菌にも感染しやすくなるんですよ。そう言えば痩せたみたいに見えるし、ちゃんと食べていますか?」
 久能は「え?」と問い返した。
(しまった)
「私のことをご存じなんですか? どこかでお会いしましたっけ?」
「あ、いや、そのう」
 一ヶ月前にショットバーで見かけたと言って、変に思われないだろうか。本人かどうかも知れない上に、『彼』は特別目立っていたわけではなかった。言葉を交わさず、「見かけた」だけで覚えているのは、諏訪が久能の立場なら不思議に思う。いや、諏訪はゲイなので、むしろ自分に関心があるのではと勘ぐるだろう。
 しかし諏訪は確かめたかった。『彼』ではないかも知れないし、たとえ『彼』であってもゲイの確率は低い。後者であれば「変な歯医者」で済む。
「ひと月ほど前にBarでお見かけしました。もしかしたら人違いかも知れないですけど」
「ひと月前? どちらの店ですか?」
 諏訪はあのショットバーの名前を出した。
 久能はジッと諏訪を見つめた。
(やっぱり、変に思われたか)
 彼の表情を諏訪はそう読み取った。
「ああ、あそこには月に一、二度行くので、お会いしていたかも知れませんね。雰囲気のある店だから、気に入っているんです」
 しかし久能は気にする風でもない口調で答えた。諏訪はホッとすると同時に、同一人物だったのだと知り嬉しくなる。
「僕もなんですよ。一人でも入りやすくて、男ばかりってとこが落ち着きますよね」
 諏訪は同意して話を継いだ。特に意図したわけではない。ノンケであっても異性がいない居心地が良さを感じることがあるはずだ。いや、まったく探る意思がなかったとは言わないが、ほとんど期待はしていなかった。
「あと『パロマ』と言う店にもよく行きます。ご存知ですか?」
 諏訪は久能が続けた言葉に目を見開く。『パロマ』は知っていた。あそこも落ち着いた雰囲気の店だ。置いているアルコール類や肴も高級品で、料金的に高いせいか客筋が良いので有名だ。但し誰もが知っている店ではなかった。『パロマ』はゲイ・バーなのである。
「外れたところにある店だから、ご存知ないかも知れませんが」
 その店を知っているだけでなく、よく行くと言うことは。
「知っています!」
 即行で諏訪は答えた。思わず声が大きくなり、後片付けを始めていた歯科衛生士や助手の視線が集まる。「何でもない」と目で言って、諏訪は久能を見た。彼はにっこりとほほ笑んだ。「心ときめく」がはっきり恋に変化した瞬間だった。
 





 背後で動く気配がして諏訪は目が覚めた。カーテン越しに光が入り部屋が薄ぼんやりと明るいので、朝なのだろう。寝返りを打つと一緒に寝ていた久能がベッドから出ようと身を起こしたところだった。
「おはよう」
 諏訪が寝起きの声を彼の背中に投げかける。久能は振り返り、浮かせた腰を一旦戻した。
「おはよう。起こしたかな?」
「もう出るの?」
 窓枠に置いた携帯電話を取って時間を見ると七時になったばかりだった。今日は日曜日で久能は休みのはずだが、弁護士と言う仕事柄、休日出勤することも珍しくない。
「クライアントと会う約束しているから、一旦帰って着替えないと。義人は? 友達の結婚式じゃなかったっけ?」
「昼からなんだ」
「じゃあ、もう少し寝られるね。勝手にコーヒー淹れるから」
「目が覚めたし、起きる。コーヒーは二人分で」
 久能は「わかった」とほほ笑んで、戻した腰を再び浮かせ部屋を出て行った。
 諏訪は仰向けになって大きく伸びをする。久能雅樹とのなれ初めを夢に見たのは、今日結婚するのが大川だからだろう。一年前の六月、大学同期の披露宴の帰りに大川と二人で入ったバーで、諏訪は久能と出会った。その一か月後に患者と歯科医と言う形で再会し、しばらくして付き合い始めた。今では互いに名前で呼び合い、ほぼ毎週末、こうして一緒に過ごすようになっている。
 コーヒーの良い匂いが漂ってきたのを合図に、諏訪もベッドから出てリビングに向かった。身支度をほぼ終えた久能がソファに座って新聞に目を通しながら、コーヒーメーカーの「仕事」が終わるのを待っている。背後から彼の顎に手をかけて仰向かせると、その唇に軽く口づけた。
「あらためて、おはよう」
「…おはよう」
 見る間に彼の首筋が赤くなった。「赤くなった」と諏訪がからかうと、「気障なことするからだ」と手を払いのけられた。
 付き合ってみて、久能があまりこう言う関係に慣れていないとわかった。恋人同士ならあたりまえの行為に、いちいち反応する。セックスの経験はそれなりだが、長続きさせない付き合いをしてきたようだった。諏訪とも一過性のつもりだったらしく、最初はなかなか次の約束を取り付けられなかった。身体の関係を持って半年後、ようやく部屋の鍵を受け取ってもらい、恋人としての立ち位置を許されたのは、諏訪の粘り勝ちと言えるだろう。
 そんな初々しい反応を見ると、思わず押し倒して存分に可愛がりたくなるのだが、毎回押し倒され可愛がられるのは諏訪の方で、かれこれ一年になろうかと言うのに、未だに主導権を取らせてもらえない。それが意外と言えば意外だった。
 諏訪は相手次第で抱かれる側=ネコに回るのにも抵抗はないが、ただどちらかと言えば抱きたい方=タチで、そちらが慣れていた。ゲイの比率は抱かれたがりが多いので、拘らない諏訪は自然とそうなるのだ。初めて久能とベッドインした時、当然、自分がイニシアチブを取るものと思ったが、それはすぐに覆された。第一印象では絶対、抱かれる側だと思ったのだが。
 一度、隙を見て彼の後ろを狙ったが、激しく抵抗され、しばらくセックスを拒まれたことがある。よほど嫌な思い出があって、彼の心の傷になっているのかも知れない。以来、ポジションを変える試みは封印した。
(心に傷があるなら、いつか俺が癒したいけど)
 とことん優しく扱って、前後不覚になるほどに乱れさせ、自分を刻み付けるのに。きっと久能の啼き顔は可愛いに違いない。
 パシンと頭に何かあたった。妄想の世界に彷徨っていた諏訪の目の焦点が定まる。
「何か不埒なことを考えているだろう?」
 頭に当たったのは久能が読んでいた新聞だった。彼はそれをテーブルに置き、出来上がりを知らせるコーヒーメーカーの元に行く。
 今日結婚する大川はジューンブライド業界陰謀説を唱え、「絶対ない」と言い切っていたが、結局、六月に式を挙げる運びとなった。招待状を受け取って間もなく歯科医師の会合で顔を合わせる機会があり、ジューン・マリッジであることを冷やかすと、「彼女に押し切られた」と苦笑しながらも幸せそうだった。その際、大川に「本当に独身で通すつもりなのか」と尋ねられ、諏訪は「つき合ってる相手はいる」と答えた。
「じゃあ諏訪に六月の呪いをかけてやる」
 茶目っ気たっぷりに大川が言った。
「結婚には拘らないから、かからないよ」
 結婚と言う形には拘らない――が一緒に暮らせたらと思う。
 つき合って一年になろうとしていた。二人の関係は良好だし、共に過ごす時間に気兼ねもなくなった。週末だけではなく、もっと一緒にいたい。諏訪は最近頓に考えるようになった。これはもしかして、六月の呪いにかかったのか。
 コーヒーを注いだ二つのカップを手に、久能がソファに戻ってきた。
「なに?」
 見つめる諏訪の目に久能が聞いた。それには答えず隣に腰を下ろした彼の肩を引き寄せる。
「仕事、何時に終わるんだ?」
 久能が答えようと開いた唇に、諏訪は口づけた。

               

end(2014.05.07)
top