H様から頂いた茨城県の笠間市(一枚目)と桜川市真壁町(二枚目)のマンホール。
こんな美しいマンホールのUPを失念していたとは、何たる不覚…。
さて、某所で大阪万博の話が出て、大阪万博(当時)を写真付きでリポートしたサイトを教えて頂き、今日は昼間、推敲を中断して見耽っていました。
行ってみたい!
どのパビリオンも形とか面白いし、展示品も見てみたい。
どこかの国のパビリオンに、今の携帯電話を髣髴させる展示品があって、驚きました。
初期の肩から提げるタイプや電話の子機みたいにデカいタイプではなく、折りたたまないタイプのごく普通の小さな携帯電話と同じ形でした。
パビリオンでは絵になるってこともあるのでしょうが、スイス館の『光の木』が素敵です。
館の脇に立っていて、夜は電球がついて文字通りに光の木。
リポートに「電球の熱が伝わって、下に行くと熱い」とありましたが、それでも圧倒される美しさ。
写真でもわくわくするのに、実物を前にしたなら、さぞやと思います。
チケットの半券や、迷子札、各パビリオンのスタンプとかも紹介されていて、すごく面白かったです。
ただ残念なことにリンク・フリーなのかどうなのか明記されてなくって、ここには紹介を遠慮しました。
まあ、ネットに載せてらっしゃるのですから、ご紹介してもかまわないとは思うのですが。
そのサイトさん以外でも大阪万博を扱ってらっしゃるところが多いので、興味のある方はググってみてください。
沖縄海洋博とかつくば博とかも面白そうなので、探してみようかな(あ、原稿の合間に・笑)。
かりもと 2010年03月15日(月)07時52分 編集・削除
つくば万博は地元なので当時けっこう行ったし、実家にもパンフとか眠ってそうです。
父がまだデカくて重いビデオカメラを背負って色んなとこ撮影してたものですが、あのVHSテープはもう回らないかも…残念orz
「科学万博」ということで、大阪・沖縄とはまた違ったスタンスであったと思います。ロボットの展示も多かったですね。
個人的には、企業パビリオンの外装では集英社館が傑作でした。世界各地の石の遺跡・巨像を取り込んだようなデザインだったんですよね。
中のムービーも「人はどこから来たのか。そして、どこへ行くのか」
だったかな…そんな感じに始まり、石舞台古墳の内部に入っていく映像もあったりで、当時小学生だった自分も印象に残ってます。
すごく、メガネをかけるタイプの3D映像をやる企業パビリオンが多かった時代でもありました。富士通、鉄鋼、住友なんかはそうです。
他、いまだに残ってる各パビリオンの「名曲」もいくつか…<以下記憶だけを基に書いてるためウロですが:汗>
住友館の「散らかった部屋の中 片一方だけの運動靴 みんな置いてきたの あなたに会うため 空に会うために ラララ…」
とか、
日立グループ館の
「ころころ てこてこてこ かっ滑車~ ころ・てこ・滑車
手は二本 手は二本 大きく羽ばたく道具が欲しい」
とか(「道具」ではなかったかも:汗)、
ダイエー館の
「さようなら さようなら 二十世紀の花が散る
さようなら さようなら まどろみの日の愛よ」
とか、なんか今でも歌えそうな気がします。
当時の柔軟な脳みそなればこそです(今はムリ:自爆)
世界のパビリオンでは、スイスだったかな…無限蛇口(あの、透明パイプを通して水を上げ、パイプの周囲を流すことで空中に浮いた蛇口から水が出てるように見える仕組み)を置いてたところが印象に残ってます。。
なんか当時の最先端が今は何でもなくなっていたり…
逆に、当時当たり前のことが今では廃れていたり(モラルとかマナーとか:ズバッ)。
なんとなく色んな感慨にひたってしまいます。。
閉幕後、各パビリオンは別場所に引越しして引き続き公開されてたものもあるようですが(アイマックスシアターとか、この辺がはしりだったような気がします)…
今でも跡地にエキスポセンターがあったり公園になってたりしますけど、今じゃもう見られないものは幾つもあるような。
なつかしい限りです(しみじみ)
長々語ってしまい、すみません。