Unison  



 肩の辺りに寒さを感じて、キラは目が覚めた。腕の中にはアスラン。キラに背中を預けて眠っている。彼の顔にかからないように、ブランケットを引き上げた。
 アスランの腕の感触が、キラの肩にまだ残っている――昨日の夜、キラは彼を抱いた。そのことを思い出すと、冷えた肩に熱が戻った。
 2人の間には何光年もの距離とそれぞれの仕事が存在する。復学して大学に進んだとは言え、キラはまだ軍籍にあり、政府の嘱託でもあったので、大学の休暇は仕事に回されて自由に過ごせない。そしてアスランの退官願いは何やかやと理由をつけられ、受理される目処は立っていなかった。聖ヴァレンタインの祭日週間であっても、キラは翌日から政府代表のラクス・クラインに随行して、セナタフ(慰霊コロニー)の追悼式典に出席することになってしまった。合わせてくれたアスランの休暇とは2日しか重ならない。
 『飢え(かつえ)』が想いを深くする。その想いが抑えられなくて、アスランには無理をさせたかもしれない。そっと背中から抱きしめた。規則正しい寝息が止まる。背中にかかった力に気づいて、少しキラの方に首を向けた。
「ごめん、起こした?」
とキラが謝ると、薄っすらと開かれた目はまた閉じてしまった。照れているように見えるのは、気のせいだろうか?
 カーテン越しに入る月明かりで、アスランの睫毛が頬に影を作っていた。
「大丈夫?」
 耳元に囁きかける。少し掠れた声で「大丈夫だ」と返ってきた。
 『大丈夫だ』はアスランの口癖だ。たいていこの言葉が出る時は、そうでなかったりする。しかしキラはそのことは言わずにいた。言ったところで、彼が頑なに否定することはわかっていたから。
「せっかく休暇を合わせてくれたのに、…ごめん」
 半年振りにオフを一緒に過ごせると思っていたのに…と、その気持ちが言葉になる。
「仕方ない。本当ならキラは、ラクスと一緒に政府の中核にいるはずなんだから」
 対するアスランの答えは、キラの期待したものとは違った。
 隔てられた時間を、キラは常々切なく思っているのだが、彼はどうだろう? 想いは通じ合っているはずなのに、時々キラはアスランの心を計りかねた。約束はいつもキラの予定が優先で、彼は極力合わせてくれる。約束をいつも破ってしまうのもキラであり、彼は文句を言うでもなく「仕方がない」と引くのだった。
 物分りの良い恋人は、それだからこそキラを不安にもさせる。
「時々、君のその物分りの良さに腹が立つよ」
 彼の髪に顔を埋めて呟いた。聞き取れなかったのか、アスランが「キラ?」と聞き返す。
「何でもない」
 今度は強く抱きしめた。キラの右手はアスランの左胸にあって、その鼓動を感じている――確かに腕の中に在ると言う実感が、キラを慰める。アスランの背中越しにはキラの心臓が在った。彼もその鼓動を感じてくれているだろうか?
「僕は明日早いけど、アスランはゆっくりして行くといいよ」
 キラのその右手に、アスランの手が重なった。
「…いや、俺も一緒に出るよ」
「本当に早いよ?」
「構わない」
「じゃあ、途中まで一緒に行こう。僕は議長府に寄っていくから、その車でそのまま空港に行けばいい」
「俺も議長府に寄るよ。…その、ラクスにも久しぶりに会いたいし」
 アスランの鼓動が早くなった。胸に伝わる温もりも少し増したような気がした。
「アスラン?」
 アスランはそれきり何も言わなかった。
 ただ、彼の手はいつまでも、キラの右手に重ねられていた。



 朝食を2人は向かい合わせで取っていた。サニーサイド・アップ(目玉焼き)を焼いたのはキラで、コーヒーを淹れたのはアスランだ。肩書きこそ予備役中尉ではあったが、公式の場において政府代表代理ラクス・クラインの補佐を務めるキラ・ヤマトと、最年少の武官公使としてオーブに駐在するアスラン・ザラの朝食にしては、至極一般的で簡単なものだった。
 2人きりで休暇を過ごす為、湖畔のコテージを借りた。一週間分の食料を買い込んで、釣りをしたり、読書やアナログ模型を造ったりと予定を立て、日常の雑多な事を忘れてのんびりするつもりだった。しかし休暇直前にキラはセナタフで行なわれる『血のヴァレンタイン』追悼式への随行を命じられる。あの事件で母を亡くしたアスランにも招待状が送られたが、遺族はその心情を配慮され自由参加になっていた。軍所属とは言え強制力はなく、彼は珍しく欠席したのだ。それを知ったラクスが気を利かせて、式典前日のセナタフ入りとなったものの、2人だけの時間は実質2日に満たなかった。
 とりとめもない話を紡ぎながらの朝食は、惜しむようにゆっくりとしたものになった。会話が途切れた時、「キラ」とアスランが呼びかける。
「何?」
 キラはアスランを見た。彼はカップに目を落としている。
「俺はその…、物分りがいいわけじゃない」
「え?」
と問い返すが、アスランの目は変らずカップにあって、キラを見なかった。そして続ける。
「今回の休暇だって、楽しみにしていたし、とても残念に思ってる」
 キラは自分が呟いたことを思い出した。アスランには聞こえていないようだったのに、あの呟きは聞こえていたのだ。
「本当はいつだって…残念に思っている。でも任務ならどうしたって行かなきゃならない。俺のそんな気持ちを見せたら、キラは困るだろう? 逆の場合だったら、キラは俺を行かせてくれると思うから、だから…」
 アスランは首筋まで見る間に赤くなった。
「だから、少しでも長く一緒に居られたらと思って…」
 言葉はそこで途切れた。彼はカップに口をつける。
 続かなかったその言葉をキラは思った――『せめて空港まででも一緒に過ごしたい』と、続くのではないかと。
 ずっと軍にいるアスランにとって、何よりも任務を優先することがあたりまえだったろう。キラもそうなのだと思っていたとしても仕方がない。キラ自身も、アスランが「仕方がない」と変らぬ様子でいたから、急な任務に邪魔をされても、嫌な顔を見せまいと努力してきた。物分りの良い恋人を歯がゆく思いながらも、物分りの良い恋人に相応しくあるために。
「僕も、アスランならきっと任務を優先すると思って、何も言えずにいたよ。僕たちは、よく似ているね?」
 キラは手を伸ばして、カップを持つアスランの手に触れた。彼はようやくキラを見る。照れた瞳の表情がアスランらしい。
 キラの手はアスランの髪に差し入れられ、引き寄せてその唇に口づける。お互いを愛おしむ気持ちが吐息となって交わるような、とても心地良いキス。
 いつまでも離れがたく、それは長く長く続いた。
「朝が来るまで、アスランの心臓の音を感じていたよ」
 やっと唇を離して、キラはアスランの髪に触れていた手を戻し、それを見つめた。
「…俺もキラの鼓動を背中で聴いていた」
 今度はアスランがキラのその手に触れる。
「重なっていたんだな、あの時」
 キラは「うん」と頷いた。2人は微笑み合って、今度は啄ばむような軽いキスを交わした。
「コーヒーのおかわりは?」
 キラの手はコーヒー・ポットに移動した。それは照れ隠しでもある。その風情に似合わず武骨なアスランの、心の内の甘い部分に触れられて、キラは少し高揚していた。
「でも時間が」
 アスランは掛け時計で時間を確認する。議長府に寄ってラクス達と一緒に宇宙港へ向かうには、そろそろ片付けてここを出なければならない。それを思っているのだろう。キラが勧めるコーヒーに軽く頭を振った。
「議長府に寄らずに、直接空港に行けば大丈夫だよ」
 キラは構わずにコーヒーを注ぐ。香りがふわりと広がった。
「だってこっちが先約だったし」
 アスランが「でも」と再度言うのを軽く制した。
 それから微笑んで言った。
「もう少しわがままになる。君がわがままを言いやすいように」
 
 

                                         
2006.02.10

※[Unison(ユーニズンもしくはユニゾン)]
  いくつかの声や楽器が同じ音、あるいは同じ旋律を奏でること

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