Retrato 〜Bar de Retiro〜 
                 



 年齢も職業も知り合った時期もバラバラだけれど、僕達四人は妙に気が合った。
 出会ったのは同類=ゲイが集まる会員制のクラブだ。それぞれがそれぞれに知り合い、いつの間にか四人で飲むようになっていた。但し、気の合う友人であっても恋人にはなり得ない。なぜなら僕達は立場的に同じだからだ。セックスの際の役割が四人ともタチで、自分のタイプではないときては、恋愛感情に発展し難かった。
 出会いが目的で入会したにもかかわらず、四人が揃えば『普通』に飲み明かしてしまう。おまけに楽しげな様子が災いして、カップル同士で集まっているのだと勘違いされる始末。出会うチャンスを知らず知らず逃していることに気がつき、以来、四人で楽しく飲み明かすのは、別の店になった。
 それが僕の店、スペイン・バル『Retiro(レティーロ)』だ。月に二、三度、月曜日の夜に集まって明け方まで飲み明かす。一週間が始まったばかりの月曜の夜なのは、火曜日しか休みのない美容師がいることと、他の二人も普通の会社勤めではなく、職業柄むしろ平日の方が休みを取りやすいということもあった。
 今日は、その月曜日の夜。
「あっれ〜? 祥平さん、久しぶりじゃん。どうしてたの? 生きてた?」
 彼は友坂涼(ともさかりょう)。小柄で細身に見えるけれど、パーソナル・トレーナーをしているので、それなりの筋肉がついている。リョウ君は名前通りの涼やかな童顔に似合わない『ノンケ食い』の異名を持っていた。マンツーマンで指導するうちに、摘み食いしてしまうのだとか。まだ二十五歳になったばかりで、僕の子供だと言っても通るくらいに若く、つい「リョウ君」と君付けで呼んでしまうのだけど、不思議と年齢差を感じない。多分、彼が相手に合わせ、思いやる賢さを持っているからだと思う。だから次々と相手を変えても、もめて別れることがないのだろう――ちなみにたいていトレーニング・メニューが終了すると、関係も終わるらしい。
 リョウ君が言うように、四人が揃うのは久しぶりだった。ここ数ヶ月、祥平が顔を見せなかったからだ。
 佐東祥平は大学院への進学資金を貯めるため、翻訳業を軸に複数のアルバイトを掛け持ちしている。一浪一留までして専攻したポーランド史を、引き続き大学院でも研究したいのだと聞いているけど、僕みたいに不勉強な素人からすればマイナーな分野に思えた。三十才になっても続けようと思うくらい勉強好きでは潰しもきかないだろうから、末は学者か、もしくは教鞭をとるのか。でも本人の風貌からは、とてもそんな将来を想像出来ない。ここ最近に髪を切ったと思しき今日はまだしも、いつもは伸ばしっぱなしの髪に、おしゃれとは程遠い不精髭を生やし、無駄に高い身長もあって、一見すると年齢不詳の、何の職業かわからない怪しい感じだ。
「真面目に働いてるらしいぞ。いよいよ進学するんだと。でも他に理由がありそうなんだよな、祥平?」
 祥平本人より先に答えたのは、美容師の香西史裕(こうざいふみひろ)。風貌の点では、彼も充分に怪しい。背中まで伸びた髪にはパーマがかかり、顎の部分に薄く髭を生やしていた。ただ祥平と違って香西のそれらは良く手入れされ、洒落っ気に溢れていた。身につけているものもセンスが良く、さすがに雑誌でも取り上げられる人気店の美容師だなと思わせる。社交的で華がある彼は、男女問わずに人気があった。そんな選り取り見取りな香西だけど、対象外の異性はともかくとして、(くだん)のクラブに行っても決まった相手を作らず、長続きさせようとしない。「束縛されるのは真っ平」と遊びと割り切れる相手ばかりを選ぶ。三十路一歩手前ではあるけど、まだまだ青いと言うことだろう。
「なに、その含みありげなアイ・コンタクトは? もしかして色っぽい理由?」
 興味津々でリョウ君が身を乗り出すのを、祥平は押し戻した。
「そ、色っぽい理由。つっても、それ以前らしいけどな」
「だから、そんなんじゃないって言ってるだろうが」
 リョウ君に代わってツッ込む香西に、うんざりした表情で祥平が返す。その様子から、香西の言葉が正しいのだとわかった。
 祥平は友人との付き合いは大事にする性質(たち)なので、ここ数ヶ月の音沙汰なしに、身体の調子でも悪いのかと心配していたところだった。間遠くなっていたのが香西の言う『色っぽい』理由なのだとしたら、よほどの相手なのだろう。今までは恋愛中でも、月曜の夜の集まりには必ず顔を出していた。リョウ君ならずとも、僕だって興味津々な気分になる。
 ああ、僕は御園生康司(みそのうこうじ)。『Retiro』のオーナー・シェフをしていて、このメンバーの中では一番年上、四十五才のおじさんだ。スペイン好きが高じ、二十八才の時に脱サラして渡西した。ガリシアのレストランで十年間の修業を経て、七年前に帰国しバル『Retiro』を開いた。店を軌道に乗せるのに手一杯で、日本に戻ってからはなかなか良いパートナーを見つけられなかったので、出会いを求め会員制クラブに入ったのだけど、恋人ではなく友達を作ってしまった。
「それで、本当のところはどうなんだ?」
「御園生さんまで」
「そりゃあ、気になるさ。あんまり音沙汰がないから、ずいぶん心配していたんだよ」
 僕がそう言うと、祥平は申し分けなさそうに笑った。
「そうだよ〜、ちゃんと話してくれよ〜。で、どんな人なの? 香西さん、知ってるんだったら話してよ」
 リョウ君がぐいぐいと祥平の腕を揺する。
「友坂、しつこい」
 祥平はいい加減にしろとばかりに彼の腕を引き剥がしにかかるのだけど、
「う〜ん、多分、友坂のご指導を仰ぎたいと思うぜ」
香西が再び含みありげに言うので、
「え? 相手、ノンケってこと?」
リョウ君はますます聞きたがりの表情になった。
 じゃれあうように会話する彼らを見ると、やっぱり四人で集まるのは楽しいと実感する。一人欠けただけで、テーブルは何となく寂しかった。後の二人も会話に物足りなさを感じていたのか、四人で飲む時よりも酒量は減っていた。祥平はリョウ君ほどに賑やかではなかったし、香西みたいに話題が豊富なわけでもなかったけれど、存在感があって、スペイン料理になくてはならないオリーブオイルかガーリックのようだった。このバランスでの彼らが――彼らの雰囲気が、僕は好きなのだ。
 そして楽しそうな『彼』を見るのも。
「まあまあ、夜はまだ長いんだし、もう少しペースを落としたら? あまりいじめると、帰ってしまうぞ」
 店本来のラスト・オーダーはとっくに済んで、一般のお客様は帰ってしまった。ここからが、僕達四人の時間だ。
「じゃあ、早く御園生さんも座りなよ。半年分、三人でじっくり、祥平を攻めようぜ」
 香西は僕の指定席を指さした。「意味深〜」とリョウ君が笑う。祥平はため息をついた。
「テーブルをいっぱいにしてからね。ワインも取ってくるよ」
 厨房に向う僕の背後で、また賑やかな声が上がった。僕達のいつもの月曜の夜がそこにある。
 久しぶりの揃い踏みに、取って置きのワインを開けようと思った。


Retrato(レトラト)=肖像画

                 2010.03.30 (tue)


この作品は、『君と月夜の庭で』(注:同性間R18サイトです)のりり様より頂いたイラストを元に書き下ろした、『温かな時間』のスピンオフ作品です。
頂きましたイラストはこちらからご覧になれます。


      親愛なるりり様に、この作品を捧げます  


  top