Retrato ~Bar de Retiro~ 年齢も職業も知り合った時期もバラバラだけれど、僕達四人は妙に気が合った。 出会ったのは同類=ゲイが集まる会員制のクラブだ。それぞれがそれぞれに知り合い、いつの間にか四人で飲むようになっていた。但し、気の合う友人であっても恋人にはなり得ない。なぜなら僕達は立場的に同じだからだ。セックスの際の役割が四人ともタチで、自分のタイプではないときては、恋愛感情に発展し難かった。 出会いが目的で入会したにもかかわらず、四人が揃えば『普通』に飲み明かしてしまう。おまけに楽しげな様子が災いして、カップル同士で集まっているのだと勘違いされる始末。出会うチャンスを知らず知らず逃していることに気がつき、以来、四人で楽しく飲み明かすのは、別の店になった。 それが僕の店、スペイン・バル『 今日は、その月曜日の夜。 「あっれ~? 祥平さん、久しぶりじゃん。どうしてたの? 生きてた?」 彼は リョウ君が言うように、四人が揃うのは久しぶりだった。ここ数ヶ月、祥平が顔を見せなかったからだ。 佐東祥平は大学院への進学資金を貯めるため、翻訳業を軸に複数のアルバイトを掛け持ちしている。一浪一留までして専攻したポーランド史を、引き続き大学院でも研究したいのだと聞いているけど、僕みたいに不勉強な素人からすればマイナーな分野に思えた。三十才になっても続けようと思うくらい勉強好きでは潰しもきかないだろうから、末は学者か、もしくは教鞭をとるのか。でも本人の風貌からは、とてもそんな将来を想像出来ない。ここ最近に髪を切ったと思しき今日はまだしも、いつもは伸ばしっぱなしの髪に、おしゃれとは程遠い不精髭を生やし、無駄に高い身長もあって、一見すると年齢不詳の、何の職業かわからない怪しい感じだ。 「真面目に働いてるらしいぞ。いよいよ進学するんだと。でも他に理由がありそうなんだよな、祥平?」 祥平本人より先に答えたのは、美容師の 「なに、その含みありげなアイ・コンタクトは? もしかして色っぽい理由?」 興味津々でリョウ君が身を乗り出すのを、祥平は押し戻した。 「そ、色っぽい理由。つっても、それ以前らしいけどな」 「だから、そんなんじゃないって言ってるだろうが」 リョウ君に代わってツッ込む香西に、うんざりした表情で祥平が返す。その様子から、香西の言葉が正しいのだとわかった。 祥平は友人との付き合いは大事にする ああ、僕は 「それで、本当のところはどうなんだ?」 「御園生さんまで」 「そりゃあ、気になるさ。あんまり音沙汰がないから、ずいぶん心配していたんだよ」 僕がそう言うと、祥平は申し分けなさそうに笑った。 「そうだよ~、ちゃんと話してくれよ~。で、どんな人なの? 香西さん、知ってるんだったら話してよ」 リョウ君がぐいぐいと祥平の腕を揺する。 「友坂、しつこい」 祥平はいい加減にしろとばかりに彼の腕を引き剥がしにかかるのだけど、 「う~ん、多分、友坂のご指導を仰ぎたいと思うぜ」 香西が再び含みありげに言うので、 「え? 相手、ノンケってこと?」 リョウ君はますます聞きたがりの表情になった。 じゃれあうように会話する彼らを見ると、やっぱり四人で集まるのは楽しいと実感する。一人欠けただけで、テーブルは何となく寂しかった。後の二人も会話に物足りなさを感じていたのか、四人で飲む時よりも酒量は減っていた。祥平はリョウ君ほどに賑やかではなかったし、香西みたいに話題が豊富なわけでもなかったけれど、存在感があって、スペイン料理になくてはならないオリーブオイルかガーリックのようだった。このバランスでの彼らが――彼らの雰囲気が、僕は好きなのだ。 そして楽しそうな『彼』を見るのも。 「まあまあ、夜はまだ長いんだし、もう少しペースを落としたら? あまりいじめると、帰ってしまうぞ」 店本来のラスト・オーダーはとっくに済んで、一般のお客様は帰ってしまった。ここからが、僕達四人の時間だ。 「じゃあ、早く御園生さんも座りなよ。半年分、三人でじっくり、祥平を攻めようぜ」 香西は僕の指定席を指さした。「意味深~」とリョウ君が笑う。祥平はため息をついた。 「テーブルをいっぱいにしてからね。ワインも取ってくるよ」 厨房に向う僕の背後で、また賑やかな声が上がった。僕達のいつもの月曜の夜がそこにある。 久しぶりの揃い踏みに、取って置きのワインを開けようと思った。 Retrato(レトラト)=肖像画 2010.03.30 (tue) この作品は、『君と月夜の庭で』(注:同性間R18サイトです)のりり様より頂いたイラストを元に書き下ろした、『温かな時間』のスピンオフ作品です。 頂きましたイラストはこちらからご覧になれます。 |