不機嫌なプラチナU  



 目が覚めたら、そこは見知らぬ部屋で、キングサイズのベッドの上だった。
――官舎のベッドって、このサイズだったか?
 イザーク・ジュールはやたらにデカく、やたらにふかふかしている寝心地の良いベッドに、まず違和感を持った。次に自分が何も身につけていないことに気づく。軍人たるもの、有事の際にすぐに身動きがとれるよう、着衣して寝すむことが基本中の基本だ。
「う…ん」
 ベッドが少し揺れたかと思うと、人の気配がした。男だ。イザークが身を起こそうとするより早く、ヌッと腕が伸びてきて、その肩を背後から抱き寄せる。
「な、何者だッ!」
と誰何の声を出そうとしたが、ヒリヒリと喉が渇いて声にならない。まるで大声を出しつづけて、すっかり枯れてしまったかのようだった。
 イザークは抱き込まれて身動きが取れない。背中にくっつく熱い体。その腕の持ち主もまた、何も身につけていないことがわかった。腕の様子からさほど屈強には見えない…と言うよりむしろ、ほっそりとしているくらいなのに、この力はなんだ? どうして自分は身動きが取れないんだ――イザークは何とかその状況から逃れようと身じろぐが、思うように身体は動かない。ギシギシと身体中が痛んだ。下半身が萎えて、特に力が入らない。
「ん…、アスラン…? 起きたの?」
 耳元に吐息がかかる。知らない声ではない。言葉を発した唇は、イザークの肩先にキスをした。
 それよりも何よりも、「アスラン」とはどう言うことなんだ。
「お…まえ、キラ・ヤマトか!?」
 イザークは渾身の力でその腕から逃れ半身を起こす。ベッド・サイドにライトを見つけ、スイッチを入れた。
 振り返り、今まで自分を抱きしめていた人間を確認する。果たしてそこにはキラ・ヤマトが、しどけなく横たわっていた。
「なんだ、きさま! 何でここにいるんだ!?」
 掠れた声を振り絞る。頭に響く声が、自分のものではないことにイザークは気づいた。ベッドの傍の窓に姿が映る。
――アスラン!?
 イザークは両手を顔にやって、その造形を直に確認する。映し出された姿も、同じ動きをした。
「アスラン、もう少し休んだ方がいい。昨日は、その、かなり無理をさせてしまったみたいだから」
 己が姿に訳がわからず一瞬呆けたイザークは、再び伸びてきた腕に掴まれ、キラの腕の中に引き戻された。
「待て、なんだ、これは!? どうなってるんだ!?」
「どうなってるって」
「なんで、きさまがここにいるんだ!? だいたいここはどっ…」
 畳み掛けて、半ば怒鳴りながら尋ねるイザークの唇は、キラのそれによって塞がれた。頭の中が真っ白になる。もしかしなくても、口付けされているのだ。男に、それもキラ・ヤマトに。
 イザークは彼の顎に手をかけて引き剥がし、胸を押して腕から逃れた。身体は相変わらず自由には動かず、シーツをかき寄せて纏うだけが精一杯だった。
 キラは困ったような表情で見つめる。
「まだ混乱しているんだね? 昨日はすっかり元に戻っていたのに。ごめん、僕が性急過ぎた」
「な、な、何が性急過ぎたんだ!? 一体、どうなってるんだ、説明しろ!」
 キラは事故から今日までのことを簡単に説明する。事故と言うのはオーブの宇宙港での将棋倒し事故のことだった。国際代表会議に出席するプラント代表のラクス・クラインを一目見ようと集まった数千人が、彼女の到着に興奮して一斉に動き、パニックになったのだ。そして階段から、エスカレーターから、人々が零れ落ち、アスランはそれに巻き込まれたと言うわけだった。
「待て、巻き込まれたのはおまえとシン・アスカじゃないか!?」
 駐在武官であるアスラン・ザラとイザークは警備担当ではなかったので、事故の中心からかなり離れていた。ラクスと共に降り立ったキラと、それを護衛するために付けられた精鋭のシンが巻き込まれた。前者は脳震盪でアスハ家の別荘で静養を余儀なくされ、後者に至っては未だに意識が戻らず、病院のICUに入院中だ。
「ああ、やっぱり混乱している。アスランのいた辺りが一番ひどかったんだよ」
 キラの話はまったく人物が入れ替わっていた。意識不明なのはイザークで、静養中なのはアスランだという。
「でもここに来てすっかり君は元に戻って、あんまりいつものアスランだったから、僕は抑えが利かなかったんだ」
「で、では何か!? 俺はきさまと、きさまと!?」
「うん。久しぶりだったから、君もすごく大胆だったよ、覚えていない?」
――覚えていてたまるもんか!
 この下半身の鈍い痛みは、その名残だと言うのか? イザークは未知の痛みに血の気が引く。記憶が全くないと言うのに、身体の内外に残る情痕。くらくらと貧血に似た感覚が、イザークを襲った。キラの方に身体が傾(かし)ぐ。意思に反して、くたりと彼の腕に収まった。
「ああ、どうしよう、アスラン。僕はまた」
 抱きこまれて、あたる『何か』と、下腹部に触れるキラの手に、遠のきかけたイザークの意識は辛うじて保たれた。
「わー、わー、わー、待て! キラ・ヤマト! 俺はアスランじゃないんだ、違うんだ、これは何かの間ち…」
「ごめん、アスラン。でもそれだけ元気なんだもの、まだまだ大丈夫だよね?」
「何がーっ!?」
 何が大丈夫なんだ!?――イザークの声はキラの唇によって、またしても吸い取られた。


「さて、どうしたもんかな?」
 ディアッカ・エルスマンは書類にまみれて机に突っ伏すイザークを見下ろし、しばらく考える。
 宇宙港の将棋倒し事故から約一ヶ月。改めて開催される国際会議の日程が迫っていた。あの事故でオーブに駐在している軍関係者にもケガ人が出て、会議の間だけ人員が補充されることになった。本来、宇宙艦隊の旗艦に参謀として乗艦しているディアッカには回ってこない話だったが、アスラン・ザラが身動き取れない状態となっていて――なぜかキラとシンの看護師のようなことをしているらしい――、武官補佐がいるとか何とかでイザークに呼びつけられたのである。
 ディアッカだって忙しい身の上なのだ。イザークが駐在武官として宇宙艦隊を離れた後、人事異動の辞令が一部仕官に下りた。その中にディアッカも入っていて、新しい旗艦での任務についたばかりだった。引継ぎやら異動やらでバタバタしている時に、この臨時任務なのである。
「うーん、うーん」
 着任してみれば、呼びつけた本人はオフィスで居眠りの最中。それも熟睡。そしてかなりうなされている。いい夢を見ているとはとても思えなかった。ここは起こしてやるべきなのだろうが。
「起こしたら、うるさくなるからなぁ」
 プラントからの長旅のその足で公使館に赴いたディアッカだって、多少は疲れている。どうせこれからの数日、こき使われるに決まっているのだから、少し休憩を取ってもバチは中らない。それにイザークだって疲れているから居眠りしているのだろうし。
「ここは一つ、ゆっくり寝かせておいてやるか」
とディアッカはイザークをそのままにしておくことに結論付けた。
 
 国際代表会議までの間と期間中、予想通り、ディアッカはイザークにこき使われた。なぜか、回復したキラ・ヤマトと共に。

 
 

                                         
2006.07.09

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