規則正しい寝息を立てて眠る木島を、吉野は飽かずに眺めていた。
今もって信じられない。木島はどこをとっても完璧な男だった。スタイル、顔はモデル並み、社交的で、仕事もよく出来る。服も食事で選ぶ店もセンスが良い。とにかく非の打ちどころがない。ゲイと言う点が、異性から見れば珠に瑕となるだろうが、周りは知らないことである。
行きずりの一晩限りの相手として「ああ、良い思い出になったなぁ」で終わるはずだった。年齢も離れているし、同じ職場で上司と部下の関係だと知った時は、尚更そう思った。
しかし付き合いは一度で終わらず、昨日でついに「恋人」と言う位置づけにもなってしまった。
(信じられない)
信じられないが現実だ。
いつ捨てられるかも知れない不安と同居するくらいなら、多くは望まないことに決めて始めた木島との付き合いであったのに、段々と自分の中で育つ本気を止められなかった。
「好きだ」と口に出せば、更に想いが加速するとわかっていた。であるのに、吉野はとうとうその禁句を言ってしまったのだ。それも夜通し――正しくは言わされた。それを言う度に木島が吉野の不安を払うかのように、「俺もです」と返してくれた。そして何度も快感の淵に落とされたのだ。おかげで動けない。予定していた研修のレジュメ作成など、どうでも良くなった。もっともそれは木島の誘いを断る方便だから、元からする気はなかったのだが。
(やっぱり、年の差を感じるなぁ)
年下扱いが木島はひどく気にすることが今回の件でわかった。しかしやはり年の差は感じる。精神面はともかく、体力の差は縮まらないに違いない。それともジムにでも通えば、それも縮まるのだろうか。
浅く吐息して目を木島の方に戻すと、彼が吉野を見ていた。いつの間に目覚めたのか。
木島は薄らと笑んで吉野を抱き寄せ、頭にキスを落とした。こう言うところは手練れている。一歩間違えれば気障ったらしい所作も、彼がやるとスマートに見えた。但し、された吉野の方は、少なからず気恥ずかしい。
「何、百面相してるんですか?」
「してない」
「じゃあ、俺の顔見て、何を思ってたんですか?」
年の差を感じた…などと正直に答えたら、また木島は気にする。そう思った吉野だが、「何も」と否定したなら、きっと見透かされてしまうだろう。
「見とれてた」
その答えは木島の意表を突いたらしく、吹き出して笑った後、腕に力を入れて抱きしめた。それから半身を起こして吉野を眼下にする。
「あなたは本当に可愛い人だな」
間もなく厄年の男に、可愛いなどとよく臆面もなく言えるものだ。この夜、「好きです」と同じくらい、彼の口から「可愛い」を聞いた。
「可愛いのはおまえの方だろ」
吉野はのど元まで出かかった言葉を飲み込む。会社の立場はさておき、プライベートでは対等でありたいと思っている木島は、事実それを実行している。忍耐と努力が伴っていることを知り、そしてベッドで若さに任せて箍を外した今夜の姿を見て、木島の言う「可愛い」の意味が少しわかった気がした。
本当に可愛いのは、この男の方だ。昨日、海辺をドライブし、食事をして帰る予定を急きょ取りやめ、強引にUターンした車は木島のマンションに向かった。木島は吉野の本心=自分への想いを知り、ドライブや食事どころではなくなったのだ。制限速度を大幅に超えての派手な走行は、パトロール中の警官の目を引いたのは言うまでもない。
違反切符を切られて減点と罰金が確定したにもかかわらず、落ち込む素振りは見せず、帰宅した途端にキス、そして上り框から続く廊下に吉野を押し倒した。「せめてシャワーを使わせろ」と言って勝手知ったるバスルームに逃げ込むのに、どれだけ吉野が苦労したか。シャワーの最中に入って来られた時には、もう観念するしかなかった。抑制出来ずに求めてくる木島は思春期の少年のようで、
(ああ、これが『可愛い』ってことか)
と、吉野は思った。
「どうかした?」
自分を見て笑う吉野を、木島が訝しげに見る。
吉野は彼を見つめ返した。
「好きだよ」
何度も何度も言った言葉を紡ぐ。木島はまたしても予想外の吉野の答えに少し瞠目し、すぐに甘く笑った。それから触れんばかりに顔を近づけ、
「俺もです」
これも一晩中囁き続けた答えを、吐息ごと吉野の唇に贈った。
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