※ この作品は『ひまつぶし』様のクリスマス企画参加作品です。
  テーマ:クリスマス・イヴ  
  登場人物名:鈴木健一(受)  山田勇気(攻)…紙森のはリバ推奨です(笑)







[ イヴよりも大切なこと(仮題) ]   



 クリスマス・イブだからと言って、患者が減るわけではない。街に飲みに繰り出して羽目を外したり、あるいはホーム・パーティーで盛り上がったり。インフルエンザが流行する時期と重なって、むしろ普段よりも救急搬送は多いくらいだ。
 ここ高柳記念病院はERシステムを導入しており、365日24時間、全ての救急患者を受け入れる体制になっていた。したがって、自力来院の初期救急から、心筋梗塞等の三次救急までとりあえずカバーする。今夜もひっきりなしにエマージェンシー・コールが鳴り響き、ベッドは満床。搬入と治療、転送手続きで、スタッフの足は止まることはなかった。
「あ、サボってんの、発見」
 一般外来待合の長椅子に横たわっていた鈴木健一は、自分に向かってかけられた声に、目の上の腕をずらした。すぐ傍らに山田勇気が立って見下ろしている。
「人聞きの悪いこと言うなよ。休憩だ、休憩。正当な権利です」
 鈴木は身体を起して座った。にやにやと笑って、山田もその隣に腰をおろす。
 時計を見ると零時を回ろうとしていた。今年もまた、「甘い」「楽しい」とは縁遠いクリスマス・イヴが終わる。救急医療を専門としている鈴木と山田は、医大を卒業してから十年、いつもこんなイヴの過ごし方をしていた。
「おまえだって、こんなところをウロウロしてるじゃないか?」
「ちょっと収まったからな、俺も休憩。ちゃんと(看護)師長には居所を言ってきたさ。ほれ」
 山田は白衣のポケットから缶コーヒーを取り出して、鈴木に渡した。無糖ブラックと書かれたラベルに、眉根が少し寄る。鈴木は紅茶党であり、尚且つ、コーヒーをブラックでは飲めない性質だったからだ。大学からのつきあいである山田が知らないはずはない。
「本日は自販機も満員御礼につき、これか、これしかなかったんだよ」
 山田の手にはおしるこ缶が握られていた。換えてもらうには微妙なチョイスだ。確かに甘味は脳を活性化してくれるが、今は善哉の気分ではなかったので、鈴木は仕方なくもらったコーヒーのプルトップを上げた。一口すすると、苦味が口中に広がって、これはこれで脳を覚醒してくれそうに思えた。
「せっかく乾杯しようと思ってたのに、さっさと飲むか」
 山田が呆れて言った。「え?」と鈴木が顔を上げると、彼はおしるこ缶を差し出したまま、苦笑していた。乾杯の体勢だが、鈴木は一瞬、何のための乾杯かわからず、
「えっと…?」
と聞き返した。それから山田が答えを言うより先に気が付いて、慌てて缶を合わせた。
「ごめん。誕生日、おめでとう」
「俺の答えより後だったら、許しがたいとこだったぞ?」
 今日――正確には昨日――十二月二十四日は山田の誕生日だった。毎年のことであるのに、鈴木はいつも直前まで忘れている。去年も一昨年も、そしてその前も、山田の意味深な眼差しで思い出すと言う体たらくだ。それでも本人に言われるより先には思い出し、祝福の言葉をぎりぎりセーフで二十四日中に贈って来たのだが、とうとう今年は当日に言えなかった上に、完全に忘れてしまっていた。
「今日は本当に忙しかったからな、許してやるよ。良かったな、理解ある恋人で」
「感謝してる、優しい恋人で」
 互いを見合わせて笑った。
 二人は大学時代からのつきあいである。最初は親友のポジションだったのだが、ある日、ばったりと会ってしまった――ソレ系のバーで。
 恋愛感情はなかったはずだった。どちらも相手がノンケだと思っていたし、そういう性嗜好だと知ってからも傾向が同じなので、友情から恋情への移行は通常ありえない。つまり、どちらも抱く側だったので。
 ただ、もともとは親友同士になるくらいである。何事においても気が合うのはあたりまえで、隠す必要がなくなったことで、以前より更に間は近しくなった。やがて自然に、傾向・嗜好云々など関係なくなって、ありえないと思った恋愛に発展して行った。
 同じ専門課程を選択し、研修先と最初の就職先こそ違え、今はこうして同じ職場で働いている。この恋愛は十五年にもなろうかとしていたが、「倦怠」と言う言葉は無縁だった。忙しさがプライベートな時間の共有を制限しているせいで、ほどよい距離感を生み出していた。それが一緒に過ごす時間の大切さを知らしめる。飽きると言う気持ちの入り込む余地などなかった。
「そう言えば、来年で十五年だよな?」
 山田は感慨深げに言った。
「何が?」
「俺らが『おつきあい』を始めてからさ。おまえって本当にそう言うことに頓着しないのな? 最初に俺達がセックスしたの、いつだったかも覚えてないんじゃないの?」
 この手の記念日に関して、山田の記憶力は抜群だった。程よいマメさ加減が売り物だった彼は、学生時代、男女問わずによくもてた。
 鈴木は、記憶の容量は必要なものにのみ割くものだとの考えだった。だから恋人として最低限、覚えておかなくてはならない山田の誕生日すら怪しいことになっているのだ。クリスマス・イヴと言う、実に覚えやすい日にも関わらず…である。
「おまえはマメ過ぎるよ。記念日だの何だのって。次から次に増えていくんだから、覚える必要ないっての。一緒にいられるってことが大事なんだろ」
 鈴木はそう言って、山田を見た。彼は一瞬、目を見開いて、それから嬉しそうに笑った。
「うわ、何か今の、キタかも」
 さして大げさにいったわけでもない言葉に山田が感激している様子を見て、鈴木は照れくさかった。それを隠すかのように、残ったコーヒーを一挙に流し込む。その苦さに思わず顔がゆがんだ。
 とんとん…と、山田が鈴木の肩を指先で叩く。
「でも、いつもの誕生日プレゼントは頂けるんだろうな?」
 彼の顔が近づいた。鈴木はクスクスと笑い、
「もちろん」
と唇を重ねる。
 誕生日は必ず、一緒に過ごしキスをする――同じ職場で働く忙しい二人が考えたプレゼントだった。
 人目を憚ってほんの一瞬の重なりだったが、コーヒーの苦味を打ち消すほど、おしるこのそれを凌ぐほど、甘い。一度の重なりでは切な過ぎる。もう一度、唇を寄せた時、遠くで緊急車両のサイレンが聞こえた。段々と音は近づき、同時に二人の胸ポケットで携帯が震えた。つかの間の休息の終わりを告げ、再び唇が重なることはなかった。
「やれやれ、戦場に戻りますか」
 どちらともなく言って立ち上がる。
 二人は何事もなかったかのように、恋人から医師の顔へと戻って、その場を後にした。


                                 (2008.12.24)



 

               top      comic version(作画:三鷹美咲様)